後世への最大遺物 / 第二回・生涯の血を絞って書いた本
それでわれわれはその本に非常の価値を置きます。カーライルがわれわれに遺してくれたこの本は実にわれわれの貴ぶところでございます。しかしながらフランスの革命を書いたカーライルの生涯の実験を見ますと、この本よりかまだ立派なものがあります。その話は長いけれどもここにあなたがたに話すことを許していただきたい。カーライルがこの書を著わすのは彼にとってはほとんど一生涯の仕事であった。チョット『革命史』を見まするならば、このくらいの本は誰にでも書けるだろうと思うほどの本であります。けれども歴史的の研究を凝らし、広く材料を集めて成った本でありまして、実にカーライルが生涯の血を絞って書いた本であります。それで何十年ですか忘れましたが、何十年かかかってようやく自分の望みのとおりの本が書けた。
書き下し
それでわれわれはその本に非常の価値を置きます。カーライルがわれわれに遺してくれたこの本は、実にわれわれの貴ぶところでございます。しかしながら、フランスの革命を書いたカーライルの生涯の実験を見ますと、この本よりかまだ立派なものがあります。その話は長いけれども、ここにあなたがたに話すことを許していただきたい。カーライルがこの書を著わすのは、彼にとってはほとんど一生涯の仕事であった。ちょっと『革命史』を見まするならば、このくらいの本は誰にでも書けるだろうと思うほどの本であります。けれども歴史的の研究を凝らし、広く材料を集めて成った本でありまして、実にカーライルが生涯の血を絞って書いた本であります。それで何十年ですか忘れましたが、何十年かかかって、ようやく自分の望みのとおりの本が書けた。
現代語訳
ですから私たちはその本に非常な価値を置きます。カーライルが遺してくれたこの本は、実に私たちの尊ぶところです。しかし、フランス革命を書いたカーライルの生涯の実験を見ると、この本よりもまだ立派なものがあります。その話は長いのですが、皆さんにお話しすることを許していただきたい。カーライルがこの本を著すのは、彼にとってほとんど一生涯の仕事でした。ちょっと『革命史』を見れば、これくらいの本は誰にでも書けるだろうと思うほどの本です。けれども歴史の研究を凝らし、広く材料を集めて成った本で、実にカーライルが生涯の血を絞って書いた本です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『後世への最大遺物』第二回・カーライルの『フランス革命史』先日カーライルの伝を読んで感じました。ご承知の通り、カーライルが書いたもののなかで一番有名なものはフランス革命の歴史でございます。それである歴史家がいうたに「イギリス人の書いたもので、歴史的の叙事、ものを説き明した文体からいえば、カーライルの『フランス革命史』がたぶん一番といってもよいであろう、もし一番でなければ一番のなかに入るべきものである」ということであります。それでこの本を読む人はことごとく同じ感覚を持つだろうと思います。実に今より百年ばかり前のことを、われわれの目の前に活きている画のように、そうして立派な画人が書いてもあのようには書けぬというように、フランス革命の活画を示してくれたものはこの本であります。
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『後世への最大遺物』第二回・もう一度書き直せしかしながら、その間に己で己に帰っていうに「トーマス・カーライルよ、汝は愚人である、汝の書いた『革命史』はそんなに貴いものではない、第一に貴いのは汝がこの艱難に忍んで、そうしてふたたび筆を執ってそれを書き直すことである、それが汝の本当にえらいところである、実にそのことについて失望するような人間が書いた『革命史』を社会に出しても役に立たぬ、それゆえにもう一度書き直せ」といって自分で自分を鼓舞して、ふたたび筆を執って書いた。その話はそれだけの話です。しかしわれわれは、そのときのカーライルの心中にはいったときには、実に推察の情溢るるばかりであります。カーライルのえらいことは『革命史』という本のためにではなくして、火にて焼かれたものをふたたび書き直したということである。
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『後世への最大遺物』第二回・やりそこなっても勇気を起せもし、あるいはその本が遺っておらずとも、彼は実に後世への非常の遺物を遺したのであります。たといわれわれがいくらやりそこなっても、いくら不運にあっても、そのときに力を回復して、われわれの事業を捨ててはならぬ、勇気を起してふたたびそれに取りかからなければならぬ、という心を起してくれたことについて、カーライルは非常な遺物を遺してくれた人ではないか。
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『後世への最大遺物』第二回・カーライルの四十冊より生涯クロムウェルがアングロサクソン民族の王国を造ったことは大事業でありますけれども、クロムウェルがあの時代に立って自分の独立思想を実行し、神によってあの勇壮なる生涯を送ったという、あのクロムウェル彼自身の生涯というものは、これはクロムウェルの事業に十倍も百倍もする、社会にとっての遺物ではないかと考えます。私は元来トーマス・カーライルの本を非常に敬読する者であります。それである人にはそれがために嫌われますけれども、私はカーライルという人については全体非常に尊敬を表しております。たびたびあの人の本を読んで利益を得、またそれによって刺激をも受けたことでございます。けれども、私はトーマス・カーライルの書いた四十冊ばかりの本をみな寄せてみて、カーライル彼自身の生涯に較べたときには、カーライルの書いたものは実に価値の少いものであると思います。
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『後世への最大遺物』第二回・三分か四分の間に煙となったそうすると翌朝、彼の起きない前に下女がやってきて、家の主人が起きる前にストーブに火をたきつけようと思って、ご承知のとおり西洋では紙を木っ端の代りに用いてくべますから、何か好い反古はないかと思って調べたところが、机の前に書いたものがだいぶひろがっていたから、これは好いものと思って、それをみな丸めてストーブのなかへ入れて火をつけて焼いてしまった。カーライルの何十年ほどかかった『革命史』を焼いてしまった。時計の三分か四分の間に煙となってしまった。それで友人がこのことを聞いて非常に驚いた。何ともいうことができない。ほかのものであるならば、紙幣を焼いたならば紙幣を償うことができる、家を焼いたならば家を建ててやることもできる、しかしながら思想の凝って成ったもの、熱血を注いで何十年かかって書いたものを焼いてしまったのは、償いようがない。
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『後世への最大遺物』第二回・十日ばかりぼんやりとして死んだものはもう活き帰らない。それがために腹を切ったところが、それまでであります。それで友人に話したところが、友人も実にどうすることもできないで一週間黙っておった。何といってよいかわからぬ。どうも仕方がないから、そのことをカーライルにいった。そのときにカーライルは十日ばかりぼんやりとして何もしなかったということであります。さすがのカーライルもそうであったろうと思います。それで腹が立った。ずいぶん短気の人でありましたから、非常に腹を立てた。彼はそのときは歴史などは抛りぽかして、何にもならないつまらない小説を読んだそうです。