師導古典を学びたいすべての人に

後世への最大遺物 / 第二回・やりそこなっても勇気を起せ

もしあるいはその本が遺っておらずとも、彼は実に後世への非常の遺物を遺したのであります。たといわれわれがイクラやりそこなってもイクラ不運にあっても、そのときに力を回復して、われわれの事業を捨ててはならぬ、勇気を起してふたたびそれに取りかからなければならぬ、という心を起してくれたことについて、カーライルは非常な遺物を遺してくれた人ではないか。

書き下し

もし、あるいはその本が遺っておらずとも、彼は実に後世への非常の遺物を遺したのであります。たといわれわれがいくらやりそこなっても、いくら不運にあっても、そのときに力を回復して、われわれの事業を捨ててはならぬ、勇気を起してふたたびそれに取りかからなければならぬ、という心を起してくれたことについて、カーライルは非常な遺物を遺してくれた人ではないか。

現代語訳

もしその本が遺っていなかったとしても、彼は実に後世への非常な遺物を遺したのです。たとえ私たちがいくら失敗しても、いくら不運に遭っても、そのときに力を取り戻して、自分の仕事を捨ててはならない、勇気を出してもう一度取りかからねばならない、という心を起こしてくれたことについて、カーライルは非常な遺物を遺してくれた人ではないでしょうか。

解説

本が遺らなくても遺物は遺る、という言い切りがここにあります。作品は失われうるが、立ち直った事実は失われない。後世の人を励ます力は、書かれたものではなく生き方から出てくるという主張です。冒頭で内村が、自分を作った二冊のうち一冊としてカーライルの本を挙げていましたが、ここでは本ではなくカーライルの再起のほうが遺物だとされている。本書の結論が、具体例を経て言葉になった段です。

この章句が説くこと

再起勇気遺物失敗生涯

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる