孝経 / 廣要道章第十二
子曰:「教民親愛、莫善於孝、教民禮順、莫善於悌、移風易俗、莫善於樂、安上治民、莫善於禮。禮者、敬而已矣。故敬其父則子悅、敬其兄則弟悅、敬其君則臣悅、敬一人而千萬人悅。所敬者寡、而悅者眾、此之謂要道也。」
新字:子曰:「教民親愛、莫善於孝、教民礼順、莫善於悌、移風易俗、莫善於楽、安上治民、莫善於礼。礼者、敬而已矣。故敬其父則子悅、敬其兄則弟悅、敬其君則臣悅、敬一人而千万人悅。所敬者寡、而悅者眾、此之謂要道也。」
書き下し
子曰く、「民に親愛を教うるは、孝より善きは莫し。民に礼順を教うるは、悌より善きは莫し。風を移し俗を易うるは、楽より善きは莫し。上を安んじ民を治むるは、礼より善きは莫し。礼とは敬のみ。故にその父を敬すれば則ち子悦び、その兄を敬すれば則ち弟悦び、その君を敬すれば則ち臣悦ぶ。一人を敬して千万人悦ぶ。敬する所の者は寡くして、悦ぶ者は衆し。これをこれ要道と謂うなり」。
現代語訳
孔子が言った。「民に親しみ愛することを教えるには、孝に勝るものはない。民に礼と従順を教えるには、悌に勝るものはない。風習を移し変えるには、音楽に勝るものはない。上を安んじ民を治めるには、礼に勝るものはない。礼とは、つまるところ敬である。だから、その父を敬えば子が喜び、その兄を敬えば弟が喜び、その君を敬えば臣が喜ぶ。一人を敬えば千万の人が喜ぶ。敬う相手は少なくて、喜ぶ者は多い。これを要道というのである」。
解説
「一人を敬して千万人悦ぶ」——この一句が章の題である「要道」、つまり肝心かなめの道の中身である。理屈は明快で、敬意は本人だけでなく、その人につながる者全体に届く。父を敬えばその子が喜び、君を敬えばその臣が喜ぶ。少ない労力で広い効果が出るから要道だ、という。効率の話として読める点が面白い。そして「礼とは敬のみ」と、礼を作法ではなく敬意の一語に還元している。組織で言えば、誰か一人への扱いは、その周囲の人々全員が見ているということである。逆もまた真で、一人を軽んじれば千万人が離れる。
この章句が説くこと
要道一人を敬して千万人悦ぶ礼とは敬のみ移風易俗礼人情
関連する章句
-
論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
-
論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
-
論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
-
論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
-
論語・八佾篇子曰く、君に事えて礼を尽くせば、人以て諂いと為すなり。
-
論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」