孝経 / 諸侯章第三
在上不驕、高而不危、制節謹度、滿而不溢。高而不危、所以長守貴也、滿而不溢、所以長守富也。富貴不離其身、然後能保其社稷、而和其民人、蓋諸侯之孝也。《詩》云:『戰戰兢兢、如臨深淵、如履薄冰。』」
新字:在上不驕、高而不危、制節謹度、満而不溢。高而不危、所以長守貴也、満而不溢、所以長守富也。富貴不離其身、然後能保其社稷、而和其民人、蓋諸侯之孝也。《詩》云:『戦戦兢兢、如臨深淵、如履薄冰。』」
書き下し
上に在りて驕らざれば、高くして危うからず。節を制し度を謹めば、満ちて溢れず。高くして危うからざるは、長く貴きを守る所以なり。満ちて溢れざるは、長く富を守る所以なり。富貴その身を離れず、然る後によくその社稷を保ちて、その民人を和らぐ。けだし諸侯の孝なり。詩に云う、『戦戦兢兢として、深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如し』と。
現代語訳
上の位にありながら驕らなければ、高い地位にあっても危うくない。節度を定めて度を守れば、満ちても溢れない。高くて危うくないから、長く貴い地位を守れる。満ちても溢れないから、長く富を守れる。富も貴い地位も身を離れず、そうしてはじめてその国を保ち、民を和らげることができる。これが諸侯の孝である。『詩経』にこうある——おそれ慎んで、深い淵に臨むように、薄氷を踏むように。
解説
諸侯の孝は、地位と富を長く保つことに置かれる。理屈は二本立てで、驕らなければ高くても危うくない、節度を守れば満ちても溢れない。守り方を心構えではなく、行動の制約として示しているのが特徴である。そしてなぜそれが孝なのか。地位と富を失えば国を保てず、民を和らげられず、結局は家をも滅ぼすからだ。親から受けた身と家を失わないことが、この階層における孝の内容になる。締めくくりの「戦戦兢兢、深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如し」は今も使われる句で、順調なときほど慎めという戒めとして読み継がれてきた。
この章句が説くこと
諸侯の孝高くして危うからず満ちて溢れず戦戦兢兢孝
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