古語拾遺 / 今我将に隠去せむ
於是大己貴神。及其子事代主神。竝皆奉避。仍以平國矛授二神曰。吾以此矛卒有治功。天孫若用此矛治國者。必當平安。今我將隱去矣。辭訖遂隱。
新字:於是大己貴神。及其子事代主神。並皆奉避。仍以平国矛授二神曰。吾以此矛卒有治功。天孫若用此矛治国者。必当平安。今我将隠去矣。辞訖遂隠。
書き下し
是に於て大己貴神、及び其の子事代主神、並びに皆奉り避く。仍りて平国の矛を以て二神に授けて曰く、吾此の矛を以て卒に治功有り。天孫若し此の矛を用いて国を治めば、必ず当に平安なるべし。今我将に隠去せむ、と。辞し訖りて遂に隠る。
現代語訳
そこで大己貴神と、その子の事代主神は、そろって身を退いた。そして国を平らげた矛を二神に授けて言った。私はこの矛によって、ついに治める功をあげた。天孫がもしこの矛を用いて国を治めるなら、必ず平安であろう。いま私は身を隠すことにする、と。言い終えて、そのまま隠れた。
解説
譲る側の言葉として、これ以上のものはなかなかない。大己貴神は抵抗せず、恨みも述べず、自分が国を平らげるのに使った矛を差し出す。そして「この矛を用いて国を治めるなら、必ず平安であろう」と言い添える。渡したのは地位ではなく、地位を務めるための道具と、その使い方の保証だった。「今我将に隠去せむ」と自分で区切りを宣言し、言い終えるとそのまま隠れる。引き際に条件をつけず、代わりに後任が困らないものを残す。事業承継の場面で、これができる人は多くない。なおこの譲りの物語は、譲られた側が書き残した記録であることも忘れずに読みたい。
この章句が説くこと
国譲り平国の矛今我将に隠去せむ引き際
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