近思録 / 巻10 政事
明道先生曰:一命之士、苟存心於愛物、於人必有所濟。
新字:明道先生曰:一命之士、苟存心於愛物、於人必有所済。
書き下し
明道先生曰く、一命の士、苟くも心を物を愛するに存せば、人に於て必ず済う所有り。
現代語訳
程顥先生が言う。位を一つ授かっただけの下級の士でも、かりにも物を愛する心を持っていれば、人に対して必ず救うところがある。
解説
位を一つ得ただけの、最も低い官である。それでも心の持ちようひとつで、必ず誰かを救えると言う。権限の大きさではなく、心の向きが効果を決めるという見方である。逆に読めば、権限がないから何もできないという言い訳を封じている。組織の中で最も引かれやすい一句だろう。役職が小さくても、日々関わる相手に対してできることは必ずある。近思録の巻十「政事」は実務の巻で、細かい事例が並ぶなかに、この二十数字の一条が置かれている。物を愛する心とは、人だけでなく物事や仕事そのものを大切にする心のことである。
この章句が説くこと
一命の士心を物を愛するに存す必ず済う所有り政事思いやり
関連する章句
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