近思録 / 巻8 治体
教人者、養其善心而惡自消。治民者、導之敬讓而爭自息。
新字:教人者、養其善心而悪自消。治民者、導之敬譲而争自息。
書き下し
人を教うる者は、その善心を養いて悪自ずから消ゆ。民を治むる者は、これを敬譲に導きて争い自ずから息む。
現代語訳
人を教える者は、その善い心を養えば、悪はおのずと消える。民を治める者は、敬いと譲りに導けば、争いはおのずと止む。
解説
どちらも、悪や争いを直接叩かない。善心を養えば悪は消え、敬譲に導けば争いは止む——正の方向に力を入れることで、負が自然に減るという構えである。禁止と処罰で悪を潰す方法との対比になっている。組織で言えば、不正を摘発する仕組みを強化するのと、正しく働ける状態を作るのと、どちらに力を割くかという配分の問題になる。近思録がこれを「治体」、つまり統治の根本を論じる巻に置いているのは、これが方針の選択だからだろう。三十字に満たない一条だが、教育と統治の両方に同じ原理を当てている。
この章句が説くこと
その善心を養えば悪自ずから消ゆ敬譲に導く争い自ずから息む治体教育リーダーシップ
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