伝習録 / 黄省曾録
先生嘆曰:「世間知學的人,只有這些病痛打不破,就不是善與人同。」崇一曰:「這病痛只是個好高不能忘己爾。」
新字:先生嘆曰:「世間知学的人,只有這些病痛打不破,就不是善与人同。」崇一曰:「這病痛只是個好高不能忘己爾。」
書き下し
先生、嘆じて曰く、「世間、学を知るの人、只だ這些の病痛有りて打ち破らず。就ち是れ人と善を同じくするに非ざるなり」と。崇一曰く、「這の病痛は只だ是れ個の高きを好みて己を忘るる能わざるのみ」と。
現代語訳
先生は嘆いて言われた。「世に学を知る人がいるが、この病だけを打ち破れない。それは人と共に善を為すのでないということだ」。欧陽崇一は「この病は、高みを好んで自分を忘れられないだけです」と言った。
解説
知識や経験を積んだ人ほど、陥りやすい落とし穴があります。それは、自分のこだわりやプライドを手放せず、高みを目指すあまり、自分自身に固執してしまうことです。この「自分を忘れられない」という病は、学べば学ぶほど深くなり、結果として他者と協力して善を成すことを妨げてしまいます。真の学びとは、知識を蓄えることだけでなく、自分への執着を手放し、他者と共に歩む謙虚な姿勢を育むことなのかもしれません。
この章句が説くこと
這病痛只是個好高不能忘己爾謙虚さ謙虚向上心
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