鬼谷子 / 本経陰符七術
損兊法靈蓍︰損兊者、機危之決也。事有適然、物有成敗。機危之動、不可不察。故聖人以無爲待有徳、言察辭、合於事。兊者、知之也。損者、行之也。損之說之、物有不可者、聖人不爲之辭。
新字:損兊法霊蓍︰損兊者、機危之決也。事有適然、物有成敗。機危之動、不可不察。故聖人以無為待有徳、言察辞、合於事。兊者、知之也。損者、行之也。損之説之、物有不可者、聖人不為之辞。
書き下し
損兊は靈蓍に法る。損兊とは、機危の決なり。事に適然有り、物に成敗有り。機危の動は、察せざるべからず。故に聖人は無爲を以て有徳を待ち、言いて辭を察し、事に合わす。兊とは、之を知るなり。損とは、之を行うなり。之を損じ之を說くも、物に不可なる者有らば、聖人は之が辭を爲さず。
現代語訳
損兌は霊妙な筮竹にならう。損兌とは、きざしと危うさを決することである。事にはたまたまそうなることがあり、物には成ると敗れることがある。きざしと危うさの動きは、よく見なければならない。だから聖人は無為であって徳あるものを待ち、語ってはその言葉を察し、事に合わせる。兌とは、それを知ることである。損とは、それを行うことである。減らし、説いても、物事にできないものがあれば、聖人はそのための言葉を用いない。
解説
損兌の「兌」は知ること、「損」は行うこと。知ることと行うことを一対にして、機とリスクを決する。そして「物に不可なる者有らば、聖人は之が辭を爲さず」——できないことについては言葉を用意しない。できない案件のために言い訳や説明を作らない、という潔さです。実務では逆をやりがちで、できないと分かった案件ほど、それを正当化する説明が増えます。説明が増えたら、それは不可のしるしかもしれません。
この章句が説くこと
損兌は霊蓍に法る兌とは之を知る損とは之を行う機危の決判断決断撤退
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