鬼谷子 / 本経陰符七術
故觀其志意爲度數、乃以揣說圖事、盡圓方、齊短長。無間則不散勢者、待間而動、動而勢分矣。故善思間者、必內精五氣、外視虛實、動而不失分散之實。動則隨其志意、知其計謀。勢者、利害之決、權變之威。勢敗者、不以神肅察也。
新字:故観其志意為度数、乃以揣説図事、尽円方、斉短長。無間則不散勢者、待間而動、動而勢分矣。故善思間者、必内精五気、外視虚実、動而不失分散之実。動則随其志意、知其計謀。勢者、利害之決、権変之威。勢敗者、不以神粛察也。
書き下し
故に其の志意を觀て度數と爲し、乃ち揣說を以て事を圖り、圓方を盡くし、短長を齊しくす。間無ければ則ち勢を散ぜず。間を待ちて動き、動きて勢分かる。故に善く間を思う者は、必ず内に五氣を精しくし、外に虛實を視る。動きて分散の實を失わず。動けば則ち其の志意に隨い、其の計謀を知る。勢とは、利害の決、權變の威なり。勢敗るる者は、神を以て肅察せざればなり。
現代語訳
だからその志と意を観てはかりの目盛りとし、そこで推し量って説くことで事を図り、円と方を尽くし、短長をそろえる。隙がなければ勢いは散らない。隙を待って動き、動けば勢いは分かれる。だから、よく隙を思う者は、必ず内側で五つの気を精しくし、外側で虚実を視る。動いても分散させる実を失わない。動けばその志と意に従い、その計謀を知る。勢いとは、利害を決するものであり、はかりごとの変化の威である。勢いが敗れるのは、神によって厳しく察していないからである。
解説
「間無ければ則ち勢を散ぜず。間を待ちて動き」——隙がなければ何もできない、隙を待て。これも待つ技術です。抵巇篇の「世に抵ぐべき無くんば深く隠れて時を待つ」と同じ構えです。この書は繰り返し待つことを説きます。手が多い書ほど、使わない判断を強調するのは示唆的です。そして「勢敗るる者は、神を以て肅察せざればなり」——勢いを失うのは、厳しく察していないから。相手の隙を待つあいだも、自分の側は緩めない。待つことと緩むことは違います。
この章句が説くこと
間無ければ則ち勢を散ぜず間を待ちて動く勢は利害の決時機待つ観察
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