鬼谷子 / 本経陰符七術
故計謀之慮、務在實意、實意必從心術始、無爲而求安靜五臟、和通六腑、精神魂魄固守不動、乃能內視、反聽、定志。慮之太虛、待神往來。以觀天地開闢、知萬物所造化、見隂陽之終始、原人事之政理、不出戶而知天下、不窺牖而見天道、不見而命、不行而至。是謂道知、以通神明、應於無方、而神宿矣。
新字:故計謀之慮、務在実意、実意必従心術始、無為而求安静五臓、和通六腑、精神魂魄固守不動、乃能内視、反聴、定志。慮之太虚、待神往来。以観天地開闢、知万物所造化、見陰陽之終始、原人事之政理、不出戸而知天下、不窺牖而見天道、不見而命、不行而至。是謂道知、以通神明、応於無方、而神宿矣。
書き下し
故に計謀の慮は、務め意を實つるに在り。意を實つるは必ず心術より始まる。無爲にして五臟を安靜にし、六腑を和通せしむるを求む。精神魂魄固く守りて動かざれば、乃ち能く内視し、反聽し、志を定む。之を太虛に慮り、神の往來を待つ。以て天地の開闢を觀、萬物の造化する所を知り、隂陽の終始を見、人事の政理を原ぬ。戶を出でずして天下を知り、牖を窺わずして天道を見る。見ずして命じ、行かずして至る。是を道知と謂う。以て神明に通じ、無方に應じて、神宿るなり。
現代語訳
だから計謀の思いめぐらしは、意を満たすことに務める。意を満たすことは、必ず心の術から始まる。無為であって五臓を安らかに静め、六腑を和して通じさせることを求める。精神も魂魄も固く守って動かなければ、はじめて内を視、返って聴き、志を定めることができる。それを大いなる虚のうちに思いめぐらし、神の往き来を待つ。それによって天地が開けるさまを観、万物が生まれ変わるところを知り、陰陽の終わりと始まりを見、人事の政のすじみちをたずねる。戸を出ずして天下を知り、窓をのぞかずして天の道を見る。見ずして命じ、行かずして至る。これを道知という。それによって神明に通じ、定まった方角のないものに応じて、神が宿る。
解説
「戶を出でずして天下を知り、牖を窺わずして天道を見る」は老子の言葉です。縦横家の書に老子が引かれ、しかも内観の到達点として置かれている。ここまでが陰符七術の前半で、外に出て測り探る術を大量に説いた同じ書が、最後は出ずに知ることを説く。矛盾に見えますが、順序として読めば筋が通ります。外を測り尽くした人だけが、出ずに分かる段階に至る。測ったことのない人が家にいても、何も分かりません。
この章句が説くこと
内視し反聴し志を定む戸を出でずして天下を知る無為内省修養洞察
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