鬼谷子 / 本経陰符七術
養志法靈龜:養志者、心氣之思不逹也。有所欲志、存而思之。志者、欲之使也。欲多則心散、心散則志衰、志衰則思不逹。故心氣一、則欲不徨、欲不偟、則志意不衰、志意不衰、則思理逹矣。理逹則和通、和通則亂氣不煩於胷中。故內以養志、外以知人。
新字:養志法霊亀:養志者、心気之思不逹也。有所欲志、存而思之。志者、欲之使也。欲多則心散、心散則志衰、志衰則思不逹。故心気一、則欲不徨、欲不偟、則志意不衰、志意不衰、則思理逹矣。理逹則和通、和通則乱気不煩於胷中。故内以養志、外以知人。
書き下し
養志は靈龜に法る。志を養うとは、心氣の思い逹せざるなり。欲する所有りて志し、存して之を思う。志とは、欲の使なり。欲多ければ則ち心散じ、心散ずれば則ち志衰え、志衰うれば則ち思い逹せず。故に心氣一なれば、則ち欲徨わず。欲徨わざれば、則ち志意衰えず。志意衰えざれば、則ち思理逹す。理逹すれば則ち和通し、和通すれば則ち亂氣胷中に煩わされず。故に内は以て志を養い、外は以て人を知る。
現代語訳
養志は霊亀にならう。志を養うとは、心の気の思いが行き届かないところを扱うことである。欲するものがあって志し、それを心に置いて思う。志とは欲の使いである。欲が多ければ心は散り、心が散れば志は衰え、志が衰えれば思いは行き届かない。だから心の気が一つであれば、欲はさまよわない。欲がさまよわなければ、志と意は衰えない。志と意が衰えなければ、思いの筋道は行き届く。筋道が行き届けば和して通じ、和して通じれば乱れた気が胸のうちを煩わせない。だから内側では志を養い、外側では人を知る。
解説
「志とは、欲の使なり」——志は欲の使いである。志を欲の上位に置かず、欲から生じるものとして扱っています。そのうえで「欲多ければ則ち心散じ」——欲が多いと心が散り、志が衰える。志を強くする方法が、欲を減らすことになっている。逆説的ですが、実感に合います。やりたいことが多すぎる時期に、志が薄くなる。そして連鎖が示されます。欲が定まる→志が衰えない→思考が行き届く→和して通じる→胸が乱れない。志の管理が、思考の質と心の平穏まで規定しています。
この章句が説くこと
志とは欲の使なり欲多ければ則ち心散ず心気一なれば欲徨わず集中自制修養
関連する章句
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『鬼谷子』本経陰符七術神䘮われば則ち髣髴たり。髣髴たれば則ち參㑹一ならず。志を養うの始めは、務めは己を安んずるに在り。己安んずれば、則ち志意實堅なり。志意實堅なれば、則ち威勢分かれず、神明常に固く守り、乃ち能く之を分かつ。
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『鬼谷子』本経陰符七術志を養えば則ち心通ず。人を知れば則ち分職明らかなり。將に之を人に用いんと欲せば、必ず先ず其の氣志を養うを知り、人の氣の盛衰を知りて、其の氣志を養い、其の安んずる所を察して、以て其の能くする所を知る。志養われざれば、則ち心氣固からず。心氣固からざれば、則ち思慮逹せず。思慮逹せざれば、則ち志意實ならず。志意實ならざれば、則ち應對猛からず。應對猛からざれば、則ち志を失いて心氣虛し。志失われて心氣虛しければ、則ち其の神を䘮う。
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『鬼谷子』本経陰符七術化に五氣有る者は、志なり、思なり、神なり、德なり。神は其の一の長なり。靜和なる者は氣を養い、氣は其の和を得。四つの者衰えざれば、四邊の威勢、存と爲さざる無くして之を舍す。是を神化と謂う。身に歸するを之れ眞人と謂う。眞人とは、天に同じくして道に合し、一を執りて萬類を養い産む。天心を懐き、徳養を施し、無爲にして以て志慮思意を包み、而して威勢を行う者なり。士なる者は之に通逹し、神盛んなれば乃ち能く志を養う。
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『鬼谷子』本経陰符七術實意は螣蛇に法る。意を實つとは、氣の慮なり。心は安靜を欲し、慮は深逺を欲す。心安靜なれば則ち神䇿生じ、慮深逺なれば則ち計謀成る。神䇿生ずれば則ち志亂すべからず、計謀成れば則ち功間つべからず。意慮定まれば則ち心遂に安く、則ち其の行う所錯らず、神自ら得たり。得れば則ち凝る。氣を識り寄すれば、姦邪之に倚り、詐謀之を惑わし、言は心に由る無し。
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『鬼谷子』本経陰符七術是を以て德は五氣を養い、心能く一を得れば、乃ち其の術有り。術とは、心氣の道なり。由りて舍る所の者は、神乃ち之が使と爲る。九竅十二舍とは、氣の門戶にして、心の總攝なり。生を天に受くる、之を眞人と謂う。眞人とは、天と一と爲る。内に修練して之を知る、之を聖人と謂う。聖人とは、類を以て之を知る。
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『鬼谷子』本経陰符七術故に人と生とは一にして、物化より出づ。類を知るは竅に在り。疑惑する所有らば、心術に通ず。心に其の術無ければ、必ず通ぜざる有り。其の通ずるや、五氣養わるるを得。務めは神を舍するに在り。此を之れ化と謂う。