鬼谷子 / 本経陰符七術
故人與生一、出於物化。知類在竅、有所疑惑、通於心術、心無其術、必有不通。其通也、五氣得養、務在舍神、此之謂化。
新字:故人与生一、出於物化。知類在竅、有所疑惑、通於心術、心無其術、必有不通。其通也、五気得養、務在舎神、此之謂化。
書き下し
故に人と生とは一にして、物化より出づ。類を知るは竅に在り。疑惑する所有らば、心術に通ず。心に其の術無ければ、必ず通ぜざる有り。其の通ずるや、五氣養わるるを得。務めは神を舍するに在り。此を之れ化と謂う。
現代語訳
だから人と生とは一つであり、物の変化から生じている。類を知るのは、身体の穴によってである。疑い惑うところがあれば、心の術に通じる。心にその術がなければ、必ず通じないところがある。それが通じているときは、五つの気が養われる。務めるべきは、神を宿らせることにある。これを化という。
解説
「心に其の術無ければ、必ず通ぜざる有り」。心の側に術がなければ、必ずどこかで通じなくなる。前の篇で説かれた対人の技術が、心の術と対をなしていることが分かります。外の技術だけでは、必ず届かないところが出る。そして「疑惑する所有らば、心術に通ず」——疑い惑いが出たときこそ、心の術に立ち返る。判断に迷ったとき、情報を足すのではなく自分の状態に返る、という処方です。この書は外の術を大量に説いたあとで、その限界と補い方を用意しています。
この章句が説くこと
心に其の術無ければ必ず通ぜざる有り務めは神を舎するに在り修養内省判断
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