鬼谷子 / 本経陰符七術
養志則心通矣、知人則分職明矣。將欲用之於人、必先知其養氣志、知人氣盛衰、而養其氣志、察其所安、以知其所能。志不養、則心氣不固、心氣不固、則思慮不逹、思慮不逹、則志意不實、志意不實、則應對不猛、應對不猛、則失志而心氣虛、志失而心氣虛、則䘮其神矣。
新字:養志則心通矣、知人則分職明矣。将欲用之於人、必先知其養気志、知人気盛衰、而養其気志、察其所安、以知其所能。志不養、則心気不固、心気不固、則思慮不逹、思慮不逹、則志意不実、志意不実、則応対不猛、応対不猛、則失志而心気虚、志失而心気虚、則喪其神矣。
書き下し
志を養えば則ち心通ず。人を知れば則ち分職明らかなり。將に之を人に用いんと欲せば、必ず先ず其の氣志を養うを知り、人の氣の盛衰を知りて、其の氣志を養い、其の安んずる所を察して、以て其の能くする所を知る。志養われざれば、則ち心氣固からず。心氣固からざれば、則ち思慮逹せず。思慮逹せざれば、則ち志意實ならず。志意實ならざれば、則ち應對猛からず。應對猛からざれば、則ち志を失いて心氣虛し。志失われて心氣虛しければ、則ち其の神を䘮う。
現代語訳
志を養えば心が通じる。人を知れば職分が明らかになる。これを人に用いようとするなら、必ずまずその者の気と志を養うことを知り、人の気の盛衰を知って、その気と志を養い、その者が何に安んじているかを察して、それによってその者に何ができるかを知る。志が養われなければ、心の気は固まらない。心の気が固まらなければ、思慮は行き届かない。思慮が行き届かなければ、志と意は実らない。志と意が実らなければ、応対は力強くない。応対が力強くなければ、志を失って心の気は虚しくなる。志が失われ心の気が虚しくなれば、その神を失う。
解説
この章句が説くこと
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