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鬼谷子 / 決篇

凡決物、必託於疑者、善其用福、惡其有患、害至於誘也。終無惑偏有利焉、去其利則不受也、奇之所託。若有利於善者、隱託於惡、則不受矣。致疎逺、故其有使失利者、有使離害者、此事之失。

新字:凡決物、必託於疑者、善其用福、悪其有患、害至於誘也。終無惑偏有利焉、去其利則不受也、奇之所託。若有利於善者、隠託於悪、則不受矣。致疎遠、故其有使失利者、有使離害者、此事之失。

書き下し

凡そ物を決するは、必ず疑う者に託す。其の福を用うるを善しとし、其の患い有るを惡む。害は誘うに至るなり。終に惑い無くして偏に利有らんも、其の利を去れば則ち受けざるなり。奇の託する所なり。若し善に利有る者、隱れて惡に託せば、則ち受けざらん。疎逺を致すなり。故に其れ利を失わしむる者有り、害を離れしむる者有り。此れ事の失なり。

現代語訳

およそ物事を決めるのは、必ず疑いのあるところに託される。その福を用いることをよしとし、患いがあることを嫌う。害は誘いにまで及ぶ。ついに迷いがなくなって一方的に利があるとしても、その利を取り去ってしまえば受け入れられない。奇の託されるところである。もし善において利があるものが、隠れて悪に託されていれば、受け入れられないだろう。疎遠を招くのである。だから、利を失わせるものがあり、害から離れさせるものがある。これが事における失である。

解説

決篇の冒頭は、決断の定義から始まります。「必ず疑う者に託す」——決断とは、疑いのあるところに委ねる行為である、と。疑いがなければ決断は要りません。自明なことは決めるまでもない。ここが実務では見落とされがちです。決断を求められているのに情報を集め続けるのは、疑いを消してから決めようとしているからですが、疑いが消えたらそれは決断ではなくなります。決断とは、疑いを残したまま託すことだ、というのがこの篇の出発点です。

この章句が説くこと

物を決するは必ず疑う者に託す事の失決断判断疑いリスク

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