鬼谷子 / 権篇
故口者、機關也、所以闗閉情意也。耳目者、心之佐助也、所以窺覸姦邪。故曰:參調而應、利道而動。故繁言而不亂、翺翔而不迷、變易而不危者、觀要得理。
新字:故口者、機関也、所以関閉情意也。耳目者、心之佐助也、所以窺覸姦邪。故曰:参調而応、利道而動。故繁言而不乱、翺翔而不迷、変易而不危者、観要得理。
書き下し
故に口とは、機關なり。情意を闗閉する所以なり。耳目とは、心の佐助なり。姦邪を窺覸する所以なり。故に曰く、參え調えて應じ、道を利して動く、と。故に繁く言いて亂れず、翺翔して迷わず、變易して危うからざる者は、要を觀て理を得ればなり。
現代語訳
だから口とは、からくりである。心の思いを閉じたり開いたりするためのものである。耳と目とは、心を助けるものである。よこしまなものをうかがい見るためのものである。だから言う、突き合わせて調えて応じ、道を利して動く、と。だから、たくさん語っても乱れず、高く飛びまわっても迷わず、変わり続けても危うくない者は、かなめを観て道理を得ているからである。
解説
口をからくり、耳目を補助装置と呼びます。捭闔篇では口を「心の門戸」と言いましたが、ここではより機械的な扱いです。そして三つの状態が示されます。たくさん語っても乱れない、動き回っても迷わない、変わり続けても危うくない。この三つが揃うのは「要を觀て理を得ている」から。かなめを一つつかんでいれば、どれだけ語り、動き、変わっても崩れない。逆に、かなめを持たないまま量を増やせば、語るほど乱れ、動くほど迷います。発言量や活動量が多いのに信頼されない人の説明として、これは的確です。
この章句が説くこと
口は機関なり要を観て理を得る繁く言いて乱れず本質判断言葉
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