鬼谷子 / 謀篇
以此觀之、亡不可以爲存、而危不可以爲安、然而無爲而貴智矣。智用於衆人之所不能知、而能用於衆人之所不能見。旣用見可否、擇事而爲之、所以自爲也、見不可、擇事而爲之、所以爲人也。
新字:以此観之、亡不可以為存、而危不可以為安、然而無為而貴智矣。智用於衆人之所不能知、而能用於衆人之所不能見。旣用見可否、択事而為之、所以自為也、見不可、択事而為之、所以為人也。
書き下し
此を以て之を觀れば、亡は以て存と爲すべからず、而して危は以て安と爲すべからず。然り而して無爲にして智を貴ぶ。智は衆人の知る能わざる所に用い、而して能く衆人の見る能わざる所に用う。旣に用いて可否を見、事を擇びて之を爲すは、自ら爲す所以なり。不可を見て、事を擇びて之を爲すは、人の爲にする所以なり。
現代語訳
これによって観れば、滅んだものを存続しているとすることはできず、危ういものを安全だとすることはできない。それでいて、無為でありながら知恵を貴ぶ。知恵は多くの人が知りえないところに用い、多くの人が見えないところに用いることができる。すでに用いて可否を見きわめ、事を選んでこれを行うのは、自分のためにすることである。不可であることを見きわめ、それでも事を選んでこれを行うのは、人のためにすることである。
解説
最後の二句が効きます。可否を見きわめて、できることを選んでやるのは自分のため。できないと分かっていて、それでも選んでやるのは人のため。同じ行動でも、勝算の有無で意味が変わる、と。勝てる戦だけを選んでいる人は、自分のためにやっている。この区別は、経営者が自分の判断を振り返るときに使えます。この案件は勝てるからやるのか、勝てないと分かっていて誰かのためにやるのか。後者を選ぶこと自体は否定されていません。ただ、どちらなのかを自覚していない選択が一番あやういのです。
この章句が説くこと
智は衆人の知る能わざる所に用う自ら為す所以人の為にする所以判断動機洞察
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