鬼谷子 / 謀篇
夫仁人輕貨、不可誘以利、可使出費、勇士輕難、不可懼以患、可使據危、智者逹於數、明於理、不可欺以不誠、可示以道理、可使立功。是三才也。故愚者易蔽也、不肖者易懼也、貪者易誘也。是因事而裁之。故爲强者、積於弱也、爲直者、積於曲也、有餘者、積於不足也。此其道術行也。
新字:夫仁人軽貨、不可誘以利、可使出費、勇士軽難、不可懼以患、可使拠危、智者逹於数、明於理、不可欺以不誠、可示以道理、可使立功。是三才也。故愚者易蔽也、不肖者易懼也、貪者易誘也。是因事而裁之。故為强者、積於弱也、為直者、積於曲也、有余者、積於不足也。此其道術行也。
書き下し
夫れ仁人は貨を輕んず。利を以て誘うべからざるも、費を出ださしむべし。勇士は難を輕んず。患を以て懼れしむべからざるも、危に據らしむべし。智者は數に逹し、理に明らかなり。不誠を以て欺くべからざるも、示すに道理を以てすべく、功を立てしむべし。是れ三才なり。故に愚者は蔽い易きなり、不肖者は懼れしめ易きなり、貪者は誘い易きなり。是れ事に因りて之を裁するなり。故に强を爲す者は、弱に積むなり。直を爲す者は、曲に積むなり。餘り有る者は、不足に積むなり。此れ其の道術の行わるるなり。
現代語訳
そもそも仁のある人は財貨を軽んじる。利によって誘うことはできないが、費用を出させることはできる。勇士は困難を軽んじる。憂いによって恐れさせることはできないが、危ういところに拠らせることはできる。知者は数に通じ、道理に明るい。不誠実によって欺くことはできないが、道理を示すことはでき、功を立てさせることはできる。これが三つの才である。だから愚かな者は覆い隠しやすく、不肖の者は恐れさせやすく、貪る者は誘いやすい。これは事に応じて裁くということである。だから強さをなす者は弱さに積み、まっすぐさをなす者は曲がりに積み、余りある者は不足に積む。これがその道術の行われるところである。
解説
三つの型の人に、それぞれ効く手と効かない手が示されます。仁のある人は利では動かないが費用は出す、勇士は脅せないが危地には行く、知者は騙せないが道理には従う。効かない手を並べたうえで、効く手を示すという書き方が実務的です。人を動かす手を一つしか持っていないと、三人のうち一人にしか効きません。そして後半、強さは弱さの上に積まれる、と。いま強い部分は、かつて弱かったところに積み上げたものです。だから弱いところこそ、積む先になります。
この章句が説くこと
仁人は利を以て誘うべからず強を為す者は弱に積む人物眼適材適所説得動機づけ
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