鬼谷子 / 謀篇
凡謀有道、必得其所因、以求其情。審得其情、乃立三儀。三儀者、曰上、曰中、曰下、參以立焉以生奇、奇不知其所壅、始於古之所從。故鄭人之取玉也、載司南之車、爲其不惑也。夫度材、量能、揣情者、亦事之司南也。
新字:凡謀有道、必得其所因、以求其情。審得其情、乃立三儀。三儀者、曰上、曰中、曰下、参以立焉以生奇、奇不知其所壅、始於古之所従。故鄭人之取玉也、載司南之車、為其不惑也。夫度材、量能、揣情者、亦事之司南也。
書き下し
凡そ謀に道有り。必ず其の因る所を得て、以て其の情を求む。審らかに其の情を得て、乃ち三儀を立つ。三儀とは、上と曰い、中と曰い、下と曰う。參えて以て立てて以て奇を生ず。奇は其の壅がる所を知らず、古の從う所に始まる。故に鄭人の玉を取るや、司南の車を載す。其の惑わざるを爲すなり。夫れ材を度り、能を量り、情を揣るは、亦た事の司南なり。
現代語訳
およそ謀りごとには道がある。必ずその拠りどころを得て、それによって実情を求める。詳らかに実情をつかんで、そこで三つの基準を立てる。三つの基準とは、上・中・下である。三つを突き合わせて立てることで、奇が生じる。奇は塞がるところを知らず、いにしえから従われてきたところに始まる。だから鄭の人が玉を採りに行くときは、南を指す車を積んでいった。道に迷わないためである。そもそも素質を測り、能力を量り、実情を推し量ることは、事における南を指す車である。
解説
謀りごとの手順が示されます。拠りどころを得る→実情をつかむ→上中下の三基準を立てる→そこから奇が生じる。奇、つまり意表を突く手は、思いつきではなく三段の手順の先に出てくるものだ、と位置づけられています。そして揣篇・摩篇でやってきた「測る」ことが、ここで羅針盤にたとえられる。玉を採りに行く者が方位磁針を積むように、事を謀る者は測定を積む。方角を持たずに進めば、どれだけ努力しても着きません。
この章句が説くこと
謀に道有り三儀を立つ事の司南なり準備判断見極め
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