鬼谷子 / 摩篇
故物歸類、抱薪趨火、燥者先然、平地注水、濕者先濡。此物類相應於勢、譬猶是也。此言內符之應、外摩也如是。故曰:摩之以其類焉、有不相應者、乃摩之以其欲焉、有不聽者、故曰:獨行之道。夫幾者不晚成、而不拘久而化成。
新字:故物帰類、抱薪趨火、燥者先然、平地注水、湿者先濡。此物類相応於勢、譬猶是也。此言内符之応、外摩也如是。故曰:摩之以其類焉、有不相応者、乃摩之以其欲焉、有不聴者、故曰:独行之道。夫幾者不晩成、而不拘久而化成。
書き下し
故に物は類に歸す。薪を抱きて火に趨けば、燥ける者先ず然え、平地に水を注げば、濕える者先ず濡る。此れ物類の勢に相い應ずること、譬うれば猶お是くのごときなり。此れ内符の應、外に摩すること是くの如きを言うなり。故に曰く、之を摩するに其の類を以てするも、相い應ぜざる者有り。乃ち之を摩するに其の欲を以てするも、聽かざる者有り。故に獨行の道と曰う。夫れ幾なる者は晚く成らず、而して久しきに拘らずして化成す。
現代語訳
だから物は同じ類に帰する。薪を抱えて火に近づければ、乾いたものから先に燃える。平らな地に水を注げば、湿ったところから先に濡れる。これは物の類が勢いに応じることであり、たとえて言えばこのようなものだ。これは内側の割符が応じ、外から触れるさまがこのようであることを言っている。だから言う。同じ類のものによって触れても、応じない相手がいる。その欲するものによって触れても、聴かない相手がいる。だからこれを独り行く道という。そもそもきざしというものは、遅れて成るのではなく、長い時間を要さずに変化して成る。
解説
乾いた薪から燃え、湿った地から濡れる。同じ働きかけをしても、受ける側の状態で反応が違う。これが摩篇の結論です。そして正直な一行が続きます。同類で触れても応じない相手がいる、欲するもので触れても聴かない相手がいる、と。万能ではないと認めている。そのうえで「獨行の道」——それでも独りで行く道だ、と。技術書が、技術の限界を明記して終わる。最後の一句も効きます。きざしは遅れて成るのではなく、時間をかけずに変化して成る。乾いていれば、火はすぐに点きます。
この章句が説くこと
薪を抱きて火に趨けば燥ける者先ず然ゆ応ぜざる者有り独行の道時機見極め限界
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