鬼谷子 / 摩篇
其摩者:有以平、有以正、有以喜、有以怒、有以名、有以行、有以𠔳、有以信、有以利、有以卑。平者、靜也、正者、宜也。喜者、悅也、怒者、動也。名者、發也、行者、成也。𠔳者、潔也、信者、期也。利者、求也、卑者、謟也。
新字:其摩者:有以平、有以正、有以喜、有以怒、有以名、有以行、有以𠔳、有以信、有以利、有以卑。平者、静也、正者、宜也。喜者、悅也、怒者、動也。名者、発也、行者、成也。𠔳者、潔也、信者、期也。利者、求也、卑者、謟也。
書き下し
其の摩する者は、平を以てする有り、正を以てする有り、喜を以てする有り、怒を以てする有り、名を以てする有り、行を以てする有り、𠔳を以てする有り、信を以てする有り、利を以てする有り、卑を以てする有り。平とは、靜なり。正とは、宜なり。喜とは、悅なり。怒とは、動なり。名とは、發なり。行とは、成なり。𠔳とは、潔なり。信とは、期なり。利とは、求なり。卑とは、謟なり。
現代語訳
触れる仕方には、平らかさによるもの、正しさによるもの、喜びによるもの、怒りによるもの、名によるもの、行いによるもの、清らかさによるもの、信によるもの、利によるもの、へりくだりによるものがある。平らかさとは静けさである。正しさとは適切さである。喜びとは悦ばせることである。怒りとは動かすことである。名とは発することである。行いとは成すことである。清らかさとは潔さである。信とは期することである。利とは求めることである。へりくだりとはへつらうことである。
解説
相手に触れる十通りの入り口が並びます。静けさ、適切さ、喜ばせる、怒らせる、名を挙げる、行いで示す、潔さ、約束、利益、へりくだり。注目すべきは、怒らせることとへつらうことが、静けさや正しさと同列に置かれていることです。良し悪しで並べていない。手の一覧として中立に並べています。自分がいつも同じ入り口しか使っていないことに気づくための一覧としても使えます。多くの人は、利で入るか、へりくだって入るかの二つに偏っています。
この章句が説くこと
摩する者は平正喜怒名行卑とは謟なり交渉使い分け説得心理戦
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