鬼谷子 / 摩篇
摩之在此、符應在彼、從而應之、事無不可。古之善摩者、如操鉤而臨深淵、餌而投之、必得魚焉!
新字:摩之在此、符応在彼、従而応之、事無不可。古之善摩者、如操鉤而臨深淵、餌而投之、必得魚焉!
書き下し
之を摩するは此に在り、符應は彼に在り。從いて之に應ずれば、事として可ならざる無し。古の善く摩する者は、鉤を操りて深淵に臨み、餌して之を投ずるが如し。必ず魚を得ん。
現代語訳
触れるのはこちら側であり、割符のような応えはあちら側に現れる。それに従って応じれば、できないことは何もない。昔、よく触れた者は、釣り針を持って深い淵に臨み、餌をつけて投げ入れるようであった。必ず魚を得る。
解説
釣りの比喩がふたたび出てきます。反応篇では網でしたが、ここでは釣り針です。網は多く張って待つもの、釣り針は狙って一つ投げるもの。使い分けが対応しています。広く探るなら網、当たりをつけて確かめるなら針。そして「必ず魚を得ん」と言い切る。深い淵に投げても取れるのは、餌が合っているからです。ここまでの篇で繰り返されてきた「相手が重んじるもの」「欲するところ」の把握が、この餌にあたります。餌が合っていない釣りは、どれだけ待っても釣れません。
この章句が説くこと
鉤を操りて深淵に臨む餌して之を投ず交渉準備見極め観察
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