鬼谷子 / 抵巇篇
物有自然、事有合離。有近而不可見、有逺而可知。近而不可見者、不察其辭也、逺而可知者、反往以驗來也。巇者、罅也。罅者、𡼏也。𡼏者、成大隙也。巇始有眹、可抵而塞、可抵而卻、可抵而息、可抵而匿、可抵而得、此謂抵巇之理也。
新字:物有自然、事有合離。有近而不可見、有遠而可知。近而不可見者、不察其辞也、遠而可知者、反往以験来也。巇者、罅也。罅者、𡼏也。𡼏者、成大隙也。巇始有眹、可抵而塞、可抵而却、可抵而息、可抵而匿、可抵而得、此謂抵巇之理也。
書き下し
物に自然有り、事に合離有り。近くして見るべからざる有り、逺くして知るべき有り。近くして見るべからざる者は、其の辭を察せざればなり。逺くして知るべき者は、往に反して以て來を驗すればなり。巇とは、罅なり。罅とは、𡼏なり。𡼏とは、大隙を成すなり。巇始めて眹有らば、抵ぎて塞ぐべく、抵ぎて卻くべく、抵ぎて息むべく、抵ぎて匿すべく、抵ぎて得べし。此れを抵巇の理と謂うなり。
現代語訳
物にはおのずとそうなるところがあり、事には合わさることと離れることがある。近くにいて見えないものがあり、遠くにいて知れるものがある。近くにいて見えないのは、その言葉を察していないからである。遠くにいて知れるのは、過ぎたことに立ち返って来ることを験すからである。巇とは、ひび割れである。ひび割れとは、裂け目である。裂け目とは、大きな隙間になっていくものである。ひび割れにきざしが現れたら、押さえて塞ぐこともでき、押さえて退けることもでき、押さえて止めることもでき、押さえて隠すこともでき、押さえて手に入れることもできる。これを抵巇の理という。
解説
抵巇とは、ひび割れを押さえること。ひび割れ、裂け目、大きな隙間、と段階が示されます。要点は「巇始めて眹有らば」——きざしの段階で手を打つこと。そして手は五つあります。塞ぐ、退ける、止める、隠す、手に入れる。最後の「手に入れる」が縦横家らしい。ひび割れは修復するだけのものではなく、そこから入って取るものでもある。組織の綻びを見つけたとき、直すか、乗じるか。この書は両方を並べて置いています。自社の綻びは早く塞ぎ、競合の綻びは機会として見る。同じ観察眼の裏表です。
この章句が説くこと
抵巇巇始めて眹有らば抵ぎて塞ぐ兆候予防先手危機管理
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