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鬼谷子 / 反応篇

雖非其事、見㣲知類。若探人而居其內、量其能、射其意、符應不失、如螣蛇之所指、若羿之引矢。故知之始己、自知而後知人也。

新字:雖非其事、見㣲知類。若探人而居其内、量其能、射其意、符応不失、如螣蛇之所指、若羿之引矢。故知之始己、自知而後知人也。

書き下し

其の事に非ずと雖も、㣲を見て類を知る。人を探りて其の内に居るが若く、其の能を量り、其の意を射る。符應失わざること、螣蛇の指す所の如く、羿の矢を引くが若し。故に之を知るの始めは己なり。自ら知りて後に人を知るなり。

現代語訳

たとえその事そのものでなくても、わずかなきざしを見て同類を知る。相手の内側に入り込んで住んでいるかのように、その能力を量り、その意図を射当てる。割符が合うように外れないさまは、螣蛇が指し示すようであり、名手の羿が矢を引くようである。だから、知ることの始まりは自分である。自分を知って、そのあとで人を知るのだ。

解説

相手を射当てる技術の説明が続いたあとに、突然この一行が置かれます。「知るの始めは己、自ら知りて後に人を知る」。相手を読む技術書の中心に、自分を知ることが据えられている。理由は前の段にあります。反って聴くとは、聴いたものを自分に返すことでした。返す先である自分が分かっていなければ、返しようがない。人を見る目が鋭い人が、実は自分をよく分かっている人であることは、経験的にもそのとおりです。逆に、自分の偏りを知らない人の人物評は、その人自身の投影になります。

この章句が説くこと

知るの始めは己なり自ら知りて後に人を知る自己認識人物眼洞察内省

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