鬼谷子 / 捭闔篇
變化無窮、各有所歸、或隂或陽、或柔或剛、或開或閉、或弛或張。是故聖人一守司其門戶、審察其所先後、度權量能、校其伎巧短長。夫賢不肖、智愚、勇怯、仁義有差、乃可捭、乃可闔、乃可進、乃可退、乃可賤、乃可貴、無爲以牧之。
新字:変化無窮、各有所帰、或陰或陽、或柔或剛、或開或閉、或弛或張。是故聖人一守司其門戸、審察其所先後、度権量能、校其伎巧短長。夫賢不肖、智愚、勇怯、仁義有差、乃可捭、乃可闔、乃可進、乃可退、乃可賤、乃可貴、無為以牧之。
書き下し
變化窮まり無く、各々歸する所有り。或いは隂或いは陽、或いは柔或いは剛、或いは開き或いは閉じ、或いは弛み或いは張る。是の故に聖人は一に其の門戶を守司し、其の先後する所を審察し、權を度り能を量り、其の伎巧の短長を校ぶ。夫れ賢不肖、智愚、勇怯、仁義に差有り。乃ち捭くべく、乃ち闔ずべく、乃ち進むべく、乃ち退くべく、乃ち賤しむべく、乃ち貴ぶべし。無爲にして以て之を牧す。
現代語訳
変化は窮まりがなく、それぞれ落ち着くところがある。あるいは陰、あるいは陽、あるいは柔らかく、あるいは硬く、あるいは開き、あるいは閉じ、あるいは緩み、あるいは張る。だから聖人はひたすらその門戸を守りつかさどり、何が先で何が後かを詳しく見きわめ、力の重みを測り能力を量り、その技量の長短を較べる。そもそも人には、賢いか否か、知恵があるか愚かか、勇敢か臆病か、仁義があるかないかに差がある。それに応じて、開くこともでき、閉じることもでき、進めることもでき、退けることもでき、下に置くこともでき、上に置くこともできる。作為せずにそうやって導くのである。
解説
人を動かす前に、順序を見きわめ、力を測り、能力を量り、腕前の長短を較べる。四つとも測ることです。そのうえで、開く・閉じる・進める・退ける・下に置く・上に置くの六つを使い分ける。手を先に決めず、測ってから決める順序が徹底しています。そして最後に「無為にして之を牧す」——力ずくで動かすのではなく、測った結果に沿わせるだけだ、と。人事や配置でつまずくのは、たいてい測る前に手を決めているときです。この人にはこの役をやってほしい、が先に立つと、六つの選択肢は一つに縮みます。
この章句が説くこと
権を度り能を量る伎巧の短長を校ぶ人物眼見極め適材適所無為
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