管子 / 輕重甲
桓公曰:「請問好心萬物之可因。」癸乙曰:「有餘富無餘乗者,責之卿諸侯。足其所,不賂其游者,責之令大夫。若此則萬物通,萬物通則萬物運,萬物運則萬物賤,萬物賤則萬物可因矣。故知三準同筴者能為天下,不知三準之同筴者不能為天下。故申之以號令,抗之以徐疾也,民乎其歸我若流水。此輕重之數也。」
新字:桓公曰:「請問好心万物之可因。」癸乙曰:「有余富無余乗者,責之卿諸侯。足其所,不賂其游者,責之令大夫。若此則万物通,万物通則万物運,万物運則万物賤,万物賤則万物可因矣。故知三準同筴者能為天下,不知三準之同筴者不能為天下。故申之以号令,抗之以徐疾也,民乎其帰我若流水。此軽重之数也。」
書き下し
桓公曰く、「請う好心にして萬物の因るべきを問う」と。癸乙曰く、「餘富有りて餘乗無き者は、之を卿諸侯に責む。其の所を足して、其の游する者に賂わざる者は、之を令大夫に責む。此くの若くんば則ち萬物通じ、萬物通ずれば則ち萬物運り、萬物運れば則ち萬物賤しく、萬物賤しければ則ち萬物因るべし。故に三準同筴なるを知る者は能く天下を為め、三準の同筴なるを知らざる者は天下を為むる能わず。故に之を申ぬるに號令を以てし、之を抗ぐるに徐疾を以てすれば、民の我に歸すること流水の若し。此れ輕重の數なり」と。
現代語訳
桓公が言った。好い心によって万物が使えるようになる、その中身を聞きたい。癸乙が言った。有り余る富がありながら余分の車一つ出さない者は、卿や諸侯に責めさせる。自分の分は満たしながら、身を寄せる者に回してやらない者は、令大夫に責めさせる。こうすれば万物は通じ、万物が通じれば万物はめぐり、万物がめぐれば万物は安くなり、万物が安くなれば万物は使える。だから三つの水準が同じ手立てだと知る者は天下を治められ、それを知らない者は天下を治められない。だから号令によってそれを伸ばし、緩急によってそれを抑えれば、民が我がもとへ帰することは流れる水のようになる。これが値の上げ下げの数え方です。
解説
好い心とは何かを、具体の責め方で示します。有り余る富がありながら車一つ出さない者は卿や諸侯に責めさせ、自分の分だけ満たして人に回さない者は大夫に責めさせる。すると物が動き出す。動けば値が下がり、下がれば使える。同じ言葉が二度繰り返されて、円を描くように締まります。号令で伸ばし、緩急で抑える。
この章句が説くこと
余富有りて余乗無き者は之を卿諸侯に責む其の所を足して其の游する者に賂わざる者は之を令大夫に責む三準同筴なるを知る者は能く天下を為む之を申ぬるに号令を以てし之を抗ぐるに徐疾を以てす富供出
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