管子 / 輕重甲
桓公曰:「天下之國,莫彊於越。今寡人欲北舉事孤竹、離枝,恐越人之至,為此有道乎?」管子對曰:「君請遏原流,大夫立沼池,令以矩游為樂,則越人安敢至?」桓公曰:「行事奈何?」管子對曰:「請以令隱三川,立員都,立大舟之都。大身之都有深淵,壘十仞,令曰:『能游者賜千金。』」未能用金千,齊民之游水不避呉越。桓公終北舉事於孤竹、離枝,越人果至,隱曲薔以水齊。管子有扶身之士五萬人,以待戰於曲薔,大敗越人。此之謂水豫。
新字:桓公曰:「天下之国,莫彊於越。今寡人欲北舉事孤竹、離枝,恐越人之至,為此有道乎?」管子対曰:「君請遏原流,大夫立沼池,令以矩游為楽,則越人安敢至?」桓公曰:「行事奈何?」管子対曰:「請以令隠三川,立員都,立大舟之都。大身之都有深淵,塁十仞,令曰:『能游者賜千金。』」未能用金千,斉民之游水不避呉越。桓公終北舉事於孤竹、離枝,越人果至,隠曲薔以水斉。管子有扶身之士五万人,以待戦於曲薔,大敗越人。此之謂水予。
書き下し
桓公曰く、「天下の國、越より彊きは莫し。今寡人北のかた孤竹・離枝に事を舉げんと欲するも、越人の至らんことを恐る、此を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「君請う原流を遏め、大夫沼池を立て、令して矩游を以て樂と為さしめば、則ち越人安んぞ敢えて至らんや」と。桓公曰く、「事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「請う令を以て三川を隱み、員都を立て、大舟の都を立てよ。大身の都に深淵有り、壘つこと十仞、令して曰く、『能く游ぐ者には千金を賜わん』と」と。未だ金千を用うる能わずして、齊の民の水に游ぐこと呉越を避けず。桓公終に北のかた孤竹・離枝に事を舉げ、越人果たして至り、曲薔に隱れて以て齊を水せんとす。管子に身を扶うるの士五萬人有り、以て曲薔に戰いを待ち、大いに越人を敗る。此れを之れ水豫と謂う。
現代語訳
桓公が言った。天下の国で越より強い国はない。いま私は北の孤竹と離枝に兵を起こしたいが、越人が来るのが怖い。これに道はあるか。管子が答えた。君は水源の流れをせき止め、大夫に沼や池を作らせ、決まった形の泳ぎを遊びとするよう令を出しなさい。そうすれば越人がどうして来られましょう。桓公が言った。それをどう行うのか。管子が答えた。令を出して三つの川をせき止め、円い都を立て、大船の都を立てなさい。その都には深い淵があり、十仞の高さに石を積む。そして令を出す。よく泳げる者には千金を賜う、と。千金を使い切らないうちに、斉の民は泳ぎにおいて呉や越に引けを取らなくなった。桓公はついに北の孤竹と離枝で兵を起こし、越人は果たしてやって来て、曲薔に隠れて斉を水攻めにしようとした。管子には身を支えて泳げる士が五万人あり、曲薔で戦いを待って越人を大いに破った。これを水の備えという。
解説
この章句が説くこと
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