管子 / 輕重甲
桓公欲賞死事之後,曰:「吾國者,衢處之國,饋食之都,虎狼之所棲也。今每戰,輿死扶傷如孤,荼首之孫,仰倳㦸之寶,吾無由與之,為之奈何?」管子對曰:「吾國之豪家,遷封食邑而居者,君章之以物則物重,不章以物則物輕,守之以物則物重,不守以物則物輕。故遷封食邑,富商蓄賈,積餘藏羨跱蓄之家,此吾國之豪也。
新字:桓公欲賞死事之後,曰:「吾国者,衢処之国,饋食之都,虎狼之所棲也。今毎戦,輿死扶傷如孤,荼首之孫,仰倳㦸之宝,吾無由与之,為之奈何?」管子対曰:「吾国之豪家,遷封食邑而居者,君章之以物則物重,不章以物則物軽,守之以物則物重,不守以物則物軽。故遷封食邑,富商蓄賈,積余蔵羨跱蓄之家,此吾国之豪也。
書き下し
桓公死事の後を賞せんと欲して、曰く、「吾が國なる者は、衢處の國、饋食の都、虎狼の棲む所なり。今戰う每に、死せるを輿し傷つけるを扶くること孤の如し、荼首の孫、㦸を倳つるの寶を仰ぐ、吾れ之に與うるに由無し、之を為すこと奈何」と。管子對えて曰く、「吾が國の豪家、封を遷し邑に食みて居る者は、君之を章らかにするに物を以てすれば則ち物重く、之を章らかにするに物を以てせざれば則ち物輕し。之を守るに物を以てすれば則ち物重く、之を守るに物を以てせざれば則ち物輕し。故に封を遷し邑に食む富商蓄賈、餘りを積み羨を藏し跱蓄する家、此れ吾が國の豪なり。
現代語訳
桓公が戦死した者の遺族に報いようとして言った。我が国は四つ辻に立つ国、食糧を送り出す都であり、虎や狼の棲むところだ。いま戦うたびに、死者を車に載せ傷ついた者を支えるさまは、みなしごのようだ。白髪の老人の孫たちが、戈を取って戦った者への報いを待っている。私にはそれを与えるすべがない。どうすればよいか。管子が答えた。我が国の有力な家、土地を移して邑に食んで暮らす者たちについて、君が物をはっきり示せば物の値は上がり、示さなければ下がります。物によって押さえれば値は上がり、押さえなければ下がる。土地を移して邑に食む者、富める商人、蓄えを持つ商人、余りを積み蓄えを貯めて抱え込む家。これが我が国の有力者です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『管子』輕重甲故に君請う縞素して士室に就き、功臣世家、封を遷し邑に食む者、餘りを積み羨を藏し跱蓄する家に朝して、曰わん、『城脆ければ衝を致し、委無ければ圍を致す。天下に慮り有るも、齊獨り其の謀に與らず。子大夫の五榖菽粟有る者は、敢えて左右する勿かれ、請う平賈を以て之を子より取らん』と。之と其の劵契の齒を定む。金鏂の數は、侈弇を為すを得ざらしむ。困窮の民、聞きて之を糴えば、釜鏂止まる無く、逺通推さず、國粟の賈は坐ながらに長じて四十倍す。君四十倍の粟を出だし、以て孤寡を振い、貧病を牧い、獨老窮して子無き者を視て、相い鬻ぐを得ずして之を養い、溝澮の中に赴かしむる勿かれ。此くの若くんば、則ち士は爭いて前み戰いて顔行と為り、偷まずして用を為し、死せるを輿し傷つけるを扶く、死する者半ばを過ぐ。此れ何の故ぞや。士は戰いを好みて死を輕んずるに非ず、輕重の分の然らしむるなり」と。
-
『管子』揆度桓公曰く、「何の謂いぞや」と。管子對えて曰く、「今天下兵を起こして我に加うれば、民は其の耒耜を棄て、戈を持して外に出づ、然らば則ち國は耕すことを得ず。此れ天の凶に非ざるなり、此れ人の凶なり。君朝に令して夕べに具うるを求むれば、民は其の財物と其の五榖とを肆べて讎と為し、厭きて去る、賈人受けて之を廩す、然らば則ち國財の一分は賈人に在り。師罷みて、民其の事に反り、萬物其の重に反れば、賈人其の財物を出だし、國の少分は賈人に廩せらる。此くの若くんば、則ち幣の重きこと三分、財物の輕重も三分。賈人三分の間に市れば、國の財物は盡く賈人に在りて、君は筴無し。民更ごも相い制して、君は事有る無し。此れ輕重の大準なり」と。
-
『管子』輕重甲桓公管子に問いて曰く、「今㦸を倳つること十萬、薪菜の靡やすること、日に十里の衍を虚しくす。㦸を頓きて一たび譟げば、而ち幣を靡やすの用、日に千金の積みを去る。之を久しくせば、且た何を以て之を待たん」と。管子對えて曰く、「粟の賈平らかにして四十なれば、則ち金の賈は四千なり。粟の賈釜に四十なれば、則ち鍾に四百なり、十鍾にして四千なり、二十鍾なる者は八千と為る。金の賈四千なれば、則ち二金は八千に中たるなり。然らば則ち一農の事、歳を終うるまで百畝を耕し、百畝の收は、二十鍾に過ぎず、一農の事は乃ち二金の財に中たるのみ。故に粟重ければ黄金輕く、黄金重ければ粟輕し、兩つの者は衡して立たず。故に善き者は粟の賈を重くし、釜に四百なれば、則ち是れ鍾に四千なり、十鍾にして四萬、二十鍾なる者は八萬。金の賈四千なれば、則ち是れ十金は四萬なり、二十金なる者は八萬と為る。故に號を發し令を出だして曰く、一農の事は、二十金の筴有りと。然らば則ち地に廣狹有るに非ず、國に貧富有るに非ざるなり、號を發し令を出だすに通じ、輕重の數に審らかなること然るなり」と。
-
『管子』輕重乙桓公管子に問いて曰く、「崇弟・蔣弟、丁・惠の功世は、吾が歳罔にして、寡人斗升を籍るを得ず。菹菜鹹鹵斥澤山間の㙗にして用を為さざるの壤を去けば、寡人斗升を籍るを得ず。一列の稼を去け、封を縁ること十五里の原は、强いて耕して自ら以て其の民を落と為せば、寡人斗升を籍るを得ず。則ち是れ寡人の國、五分して其の二を操る能わず、是れ萬乗の號有りて、千乗の用無きなり。是を以て天子と衡を提げ秩を諸侯に爭う、之を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「唯だ號令に籍るのみ可なるのみ」と。
-
『管子』輕重乙桓公曰く、「壤數は此に盡くるか」と。管子對えて曰く、「未だし。昔狄諸侯は、畆鍾の國なり、故に粟十鍾にして錙金なり。程諸侯は、山諸侯の國なり、故に粟五釜にして錙金なり。故に狄諸侯は十鍾にして㦸を倳つるを得ず、程諸侯は五釜にして㦸を倳つるを得たり。十倍にして足らず、或いは五分にして餘り有る者は、輕重髙下の數に通ずればなり。國に十歳の蓄え有るも、民の食足らざる者は、皆な其の事業を以て君の祿を望めばなり。君に山海の財有るも、民の用足らざる者は、皆な其の事業を以て上に交接すればなり。故に租籍は、君の宜しく得べき所なり。正籍は、君の彊いて求むる所なり。亡君は其の宜しく得べき所を廢して、其の彊いて求むる所を斂む、故に下は上を怨みて令行われず。民は、之を奪えば則ち怒り、之に予うれば則ち喜ぶ。民情固より然り。先王は其の然るを知る、故に予うるの所を見わして、奪うの理を見わさず。故に五榖粟米なる者は、民の司命なり。黄金刀布なる者は、民の通貨なり。先王善く其の通貨を制して、以て其の司命を御す、故に民力盡くすべきなり」と。
-
『管子』輕重甲桓公管子に問いて曰く、「今髙下を調え、并せられたる財を分かち、積聚を散ぜんと欲す。然らずんば、則ち世且に并兼して止む無く、餘りを蓄え羨を藏して息まず、貧賤鰥寡獨老は與りて得ざらん。之を散ずるに道有り、之を分かつに數有りや」と。管子對えて曰く、「唯だ輕重の家のみ能く之を散ずるのみ。請う令を以て輕重の家せしめよ」と。桓公曰く、「諾」と。車五乗を東し、癸乙を周の下原に迎う。桓公四たび問い、因りて癸乙・管子・寗戚と相い與に四たび坐す。桓公曰く、「請う輕重の數を問う」と。癸乙曰く、「重く其の民に籍る者は其の下を失い、數しば諸侯を欺く者は權と與する無し」と。管子肩を差えて問いて曰く、「吾れ吾が民に籍らずんば、何を以て車革を奉ぜん。吾が民に籍らずんば、何を以て鄰國を待たん」と。癸乙曰く、「唯だ好心のみ可なるのみ。夫れ好心なれば則ち萬物通じ、萬物通ずれば則ち萬物運り、萬物運れば則ち萬物賤しく、萬物賤しければ則ち萬物因るべし。萬物の因るべきを知りて因らざる者は、天下に奪わる。天下に奪わるる者は、國の大賊なり」と。