管子 / 山權數
桓公曰:「善。吾欲行三權之數,為之奈何?」管子對曰:「梁山之陽綪絤,夜石之幣,天下無有。管子曰:以守國榖嵗守一分,以行五年,國榖之重,什倍異日。管子曰:請立幣。國銅,以二年之粟顧之,立黔落,力重與天下調。彼重則見射,輕則見泄,故與天下調。泄者失權也,見射者失筴也。不備天權下相求,備準下隂相此刑罰之所起,而亂之之本也。故平則不平,民富則不如貧,委積則虚矣。此三權之失也已。」
新字:桓公曰:「善。吾欲行三権之数,為之奈何?」管子対曰:「梁山之陽綪絤,夜石之幣,天下無有。管子曰:以守国榖歳守一分,以行五年,国榖之重,什倍異日。管子曰:請立幣。国銅,以二年之粟顧之,立黔落,力重与天下調。彼重則見射,軽則見泄,故与天下調。泄者失権也,見射者失筴也。不備天権下相求,備準下陰相此刑罰之所起,而乱之之本也。故平則不平,民富則不如貧,委積則虚矣。此三権之失也已。」
書き下し
桓公曰く、「善し。吾れ三權の數を行わんと欲す、之を為すこと奈何」と。管子對えて曰く、「梁山の陽の綪絤、夜石の幣は、天下に有る無し」と。管子曰く、「以て國榖を守るに歳ごとに一分を守り、以て五年を行えば、國榖の重は、異日に什倍せん」と。管子曰く、「請う幣を立てん。國の銅は、二年の粟を以て之を顧い、黔落を立て、力重は天下と調う。彼れ重ければ則ち射られ、輕ければ則ち泄る、故に天下と調う。泄るる者は權を失うなり、射らるる者は筴を失うなり。天の權に備えざれば下相い求め、準に備うれば下隂かに相い比す。此れ刑罰の起こる所にして、亂の本なり。故に平らかなれば則ち平らかならず、民富めば則ち貧しきに如かず、委積すれば則ち虚し。此れ三權の失なるのみ」と。
現代語訳
桓公が言った。よい。私は三つの持ち札の数え方を行いたい。どうすればよいか。管子が答えた。梁山の南の赤い織物、夜石の貨幣は、天下に他にありません。管子が言った。国の穀物を押さえるのに年ごとに一分を蓄え、五年続ければ、国の穀物の値は以前の十倍になります。管子が言った。貨幣を立てましょう。国の銅は二年分の粟で買い取り、その値を立て、重さは天下と揃える。値が重ければ狙い撃たれ、軽ければ流れ出す。だから天下と揃えるのです。流れ出すのは持ち札を失うこと、狙い撃たれるのは手立てを失うことです。天の持ち札に備えなければ下は互いに求め合い、水準にだけ備えれば下はひそかに結び合う。これが刑罰の起こるもとであり、乱れのもとです。だから平らに見えて平らでなく、民が富むのは貧しいのに及ばず、溜め込めば空になる。これが三つの持ち札を失うということです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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