管子 / 國蓄
前有萬乗之國,而後有千乗之國,謂之抵國。前有千乗之國,而後有萬乗之國,謂之距國。壤正方,四面受敵,謂之衢國。以百乗衢處,謂之託食之君。千乗衢處,壤削少半;萬乗衢處,壤削太半。何謂百乗衢處託食之君也?夫以百乗衢處,危懾圍阻千乗萬乗之間。夫國之君不相中,舉兵而相攻,必以為扞挌蔽圉之用。有功利不得鄉。大臣死於外,分壤而功。列陳繫纍獲虜,分賞而禄。是壤地盡於功賞,而税臧殫於繼孤也。是特名羅於為君耳,無壤之有。號有百乗之守,而實無尺壤之用,故謂託食之君。
新字:前有万乗之国,而後有千乗之国,謂之抵国。前有千乗之国,而後有万乗之国,謂之距国。壤正方,四面受敵,謂之衢国。以百乗衢処,謂之託食之君。千乗衢処,壤削少半;万乗衢処,壤削太半。何謂百乗衢処託食之君也?夫以百乗衢処,危懾囲阻千乗万乗之間。夫国之君不相中,舉兵而相攻,必以為扞挌蔽圉之用。有功利不得鄉。大臣死於外,分壤而功。列陳繋纍獲虜,分賞而禄。是壤地尽於功賞,而税臧殫於継孤也。是特名羅於為君耳,無壤之有。号有百乗之守,而実無尺壤之用,故謂託食之君。
書き下し
前に萬乗の國有りて、後に千乗の國有る、之を抵國と謂う。前に千乗の國有りて、後に萬乗の國有る、之を距國と謂う。壤正方にして、四面敵を受くる、之を衢國と謂う。百乗を以て衢に處る、之を託食の君と謂う。千乗にして衢に處れば、壤は少半を削られ、萬乗にして衢に處れば、壤は太半を削らる。何をか百乗にして衢に處る託食の君と謂うや。夫れ百乗を以て衢に處れば、千乗萬乗の間に危懾圍阻せらる。夫れ國の君相い中らず、兵を舉げて相い攻むれば、必ず以て扞挌蔽圉の用と為す。功利有るも鄉かうを得ず。大臣外に死すれば、壤を分かちて功とす。陳を列ね繫纍獲虜すれば、賞を分かちて祿とす。是れ壤地は功賞に盡き、税臧は繼孤に殫くるなり。是れ特だ名の君為るに羅かかるのみ、壤の有る無し。百乗の守り有りと號するも、實は尺壤の用無し、故に託食の君と謂う。
現代語訳
前に万乗の国があり、後ろに千乗の国がある。これを抵国という。前に千乗の国があり、後ろに万乗の国がある。これを距国という。領地が四角く、四方から敵を受ける。これを衢国という。百乗の力で四つ辻に居るのを、託されて食う君という。千乗で四つ辻に居れば領地は三分の一を削られ、万乗で四つ辻に居れば領地は大半を削られる。百乗で四つ辻に居る託されて食う君とは何か。百乗の力で四つ辻に居れば、千乗万乗の国のあいだで脅かされ囲まれ阻まれる。国の君どうしが折り合わず、兵を挙げて攻め合えば、必ず防ぎの楯として使われる。功や利があっても自分のほうへは向かってこない。大臣が国外で死ねば、土地を分けて功に報いる。陣を並べて捕虜を得れば、賞を分けて禄にする。こうして土地は恩賞で尽き、税の蓄えは遺された者の世話で尽きる。これでは君という名にかかっているだけで、土地はない。百乗を守っていると称しても、実際には一尺の土地の用もない。だから、託されて食う君というのである。
解説
この章句が説くこと
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