管子 / 立政九敗解
人君唯毋聽寢兵,則羣臣賔客莫敢言兵。然則内之不知國之治亂,外之不知諸侯强弱,如是則城郭毁壞,莫之築補;甲兵彫,莫之修繕,如是則守圉之備毁矣。遼遠之地謀,邊竟之士修,百姓無圉敵之心。故曰:「寢兵之說勝,則險阻不守。」人君惟毋聽兼愛之説,則視天下之民如其民,視國如吾國,如是則無并兼攘奪之心,無覆軍敗將之事。然則射御勇力之士不厚祿,覆軍敗將之臣不䝿爵,如是則射御勇力之士出在外矣。我能毋攻人,可也,不能令人毋攻我。彼求地而予之,非吾所欲也。不予而與戰,必不勝也。彼以敎士,我以敺衆;彼以良將,我以無能,其敗必覆軍殺將。故曰:「兼愛之說勝,則士卒不戰。」
新字:人君唯毋聴寝兵,則羣臣賓客莫敢言兵。然則内之不知国之治乱,外之不知諸侯強弱,如是則城郭毀壊,莫之築補;甲兵彫,莫之修繕,如是則守圉之備毀矣。遼遠之地謀,辺竟之士修,百姓無圉敵之心。故曰:「寝兵之説勝,則険阻不守。」人君惟毋聴兼愛之説,則視天下之民如其民,視国如吾国,如是則無并兼攘奪之心,無覆軍敗将之事。然則射御勇力之士不厚禄,覆軍敗将之臣不䝿爵,如是則射御勇力之士出在外矣。我能毋攻人,可也,不能令人毋攻我。彼求地而予之,非吾所欲也。不予而与戦,必不勝也。彼以教士,我以敺衆;彼以良将,我以無能,其敗必覆軍殺将。故曰:「兼愛之説勝,則士卒不戦。」
書き下し
人君唯だ寢兵を聽く毋くんば、則ち羣臣賔客敢えて兵を言う莫し。然らば則ち内は國の治亂を知らず、外は諸侯の强弱を知らず。是くの如くんば則ち城郭毁壞するも、之を築き補う莫し。甲兵彫るも、之を修繕する莫し。是くの如くんば則ち守圉の備え毁る。遼遠の地は謀られ、邊竟の士は修わり、百姓に敵を圉ぐの心無し。故に曰く、「寢兵の説勝てば、則ち險阻守られず」と。人君惟だ兼愛の説を聽く毋くんば、則ち天下の民を視ること其の民の如く、國を視ること吾が國の如し。是くの如くんば則ち并兼攘奪の心無く、覆軍敗將の事無し。然らば則ち射御勇力の士は祿を厚くせられず、覆軍敗將の臣は爵を貴くせられず。是くの如くんば則ち射御勇力の士は出でて外に在り。我能く人を攻むる毋きは、可なり。人をして我を攻むる毋からしむる能わず。彼地を求めて之に予うるは、吾が欲する所に非ざるなり。予えずして與に戰わば、必ず勝たざるなり。彼は敎士を以てし、我は敺衆を以てす。彼は良將を以てし、我は無能を以てす。其の敗は必ず軍を覆し將を殺さん。故に曰く、「兼愛の説勝てば、則ち士卒戰わず」と。
現代語訳
主が兵をやめるという説を聴かないでいれば、群臣も客も兵のことを言えなくなる。そうなると内では国の治乱を知らず、外では諸侯の強弱を知らない。城壁が壊れても築き直す者がなく、武具が傷んでも繕う者がない。守りの備えは壊れる。遠い土地は狙われ、辺境の士は取り込まれ、民に敵を防ぐ気持ちがない。だから、兵をやめる説が勝てば、険しい地形も守れない、という。主がすべてを等しく愛せという説を聴かないでいれば、天下の民を自分の民のように見、他国を自分の国のように見ることになる。そうなると併呑し奪う心はなく、軍を覆し将を失う事もない。しかし射と御と勇と力ある士は禄を厚くされず、軍を覆し将を失った臣も爵を貴くされない。すると射と御と勇と力ある士は外へ出ていく。こちらが人を攻めないことはできる。だが人にこちらを攻めさせないことはできない。相手が土地を求めて、それを与えるのは望むところではない。与えずに戦えば、必ず勝てない。相手は訓練された兵、こちらは駆り集めた人々。相手はよい将、こちらは無能。その敗れ方は必ず軍を覆し将を殺すことになる。だから、すべてを等しく愛する説が勝てば、兵は戦わない、という。
解説
この章句が説くこと
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