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管子 / 形勢解

為主而賊,為父母而暴,為臣下而不忠,為子婦而不孝,四者,人之大失也。大失在身,雖有小善,不得為賢。所謂平原者,下澤也,雖有小封,不得為髙。故曰:「平原之隰,奚有於髙?」為主而惠,為父母而慈,為臣下而忠,為子婦而孝,四者,人之髙行也。髙行在身,雖有小過,不為不肖。所謂大山者,山之髙者也,雖有小隈,不以為深。故曰:「大山之隈,奚有於深?」

新字:為主而賊,為父母而暴,為臣下而不忠,為子婦而不孝,四者,人之大失也。大失在身,雖有小善,不得為賢。所謂平原者,下沢也,雖有小封,不得為高。故曰:「平原之隰,奚有於高?」為主而恵,為父母而慈,為臣下而忠,為子婦而孝,四者,人之高行也。高行在身,雖有小過,不為不肖。所謂大山者,山之高者也,雖有小隈,不以為深。故曰:「大山之隈,奚有於深?」

書き下し

主と為りて賊、父母と為りて暴、臣下と為りて不忠、子婦と為りて不孝、四者は、人の大失なり。大失身に在れば、小善有りと雖も、賢と為るを得ず。所謂平原なる者は、下澤なり、小封有りと雖も、髙しと為るを得ず。故に曰く、「平原の隰、奚ぞ髙きに有らんや」と。主と為りて惠、父母と為りて慈、臣下と為りて忠、子婦と為りて孝、四者は、人の髙行なり。髙行身に在れば、小過有りと雖も、不肖と為らず。所謂大山なる者は、山の髙き者なり、小隈有りと雖も、以て深しと為さず。故に曰く、「大山の隈、奚ぞ深きに有らんや」と。

現代語訳

主でありながらそこない、父母でありながら荒々しく、臣下でありながら忠でなく、子や嫁でありながら孝でない。この四つは人の大きな失いである。大きな失いが身にあれば、小さな善があっても賢者とはされない。平原とは低い沢地のことで、小さな盛り上がりがあっても高いとはされない。だから、平原のくぼみが、どうして高いことがあろうか、という。主でありながら恵み深く、父母でありながら慈しみ深く、臣下でありながら忠であり、子や嫁でありながら孝である。この四つは人の高い行いである。高い行いが身にあれば、小さな過ちがあっても愚かとはされない。大山とは山の高いものであり、小さなくぼみがあっても深いとはされない。だから、大山のくぼみが、どうして深いことがあろうか、という。

解説

低いところに小さな盛り上がりがあっても高いとは言わず、高い山に小さなくぼみがあっても深いとは言わない。全体がどちらに寄っているかで、細かい出っ張りやへこみは打ち消される、という見方です。だから大きな失いがあれば小さな善は数えられず、高い行いがあれば小さな過ちは数えられません。

この章句が説くこと

主と為りて賊父母と為りて暴臣下と為りて不忠四者は人の大失なり大失身に在れば小善有りと雖も賢と為るを得ず高行身に在れば小過有りと雖も不肖と為らず大山なる者は小隈有りと雖も以て深しと為さず大局小事

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