管子 / 度地
都以臨下,視有餘不足之處,輒下水官。水官亦以甲士當被兵之數。與三老里有司伍長行里,因父母案行閱具備水之器。以冬無事之時,籠臿板築各什六,土車什一,雨輂什二,食器兩具,人有之。錮藏里中,以給喪器。後常令水官吏與都匠,因三老里有司伍長案行之。常以朔日始出具閲之,取完堅,補久,去苦惡。常以冬少事之時,令甲士以更次益薪,積之水旁,州大夫將之,唯毋後時。其積薪也,以事之己其作土也,以事未起。天地和調,日有長久。以此觀之,其利百倍,故常以無事具器,有事用之。水常可制,而使毋敗。此謂素有備而豫具者也。」
新字:都以臨下,視有余不足之処,輒下水官。水官亦以甲士当被兵之数。与三老里有司伍長行里,因父母案行閲具備水之器。以冬無事之時,籠臿板築各什六,土車什一,雨輂什二,食器両具,人有之。錮蔵里中,以給喪器。後常令水官吏与都匠,因三老里有司伍長案行之。常以朔日始出具閲之,取完堅,補久,去苦悪。常以冬少事之時,令甲士以更次益薪,積之水旁,州大夫将之,唯毋後時。其積薪也,以事之己其作土也,以事未起。天地和調,日有長久。以此観之,其利百倍,故常以無事具器,有事用之。水常可制,而使毋敗。此謂素有備而予具者也。」
書き下し
都は以て下に臨み、餘り有ると足らざるの處を視て、輒ち水官に下す。水官も亦た甲士の當に兵を被るべきの數を以てす。三老・里有司・伍長と里を行き、父母に因りて案行して備水の器を閲具す。冬事無きの時を以て、籠臿板築各おの什の六、土車は什の一、雨輂は什の二、食器は兩具、人ごとに之を有つ。里中に錮藏して、以て喪器に給す。後常に水官の吏と都匠とをして、三老・里有司・伍長に因りて之を案行せしむ。常に朔日を以て始めて出だして之を具閲し、完堅を取り、久しきを補い、苦惡を去る。常に冬少事の時を以て、甲士をして更次を以て薪を益さしめ、之を水の旁らに積み、州大夫之を將いて、唯だ時に後るる毋からしむ。其の薪を積むや、事の己むを以てす。其の土を作すや、事の未だ起こらざるを以てす。天地和調し、日長久有り。此を以て之を觀れば、其の利百倍す。故に常に事無きに器を具え、事有れば之を用う。水常に制す可くして、敗るる毋からしむ。此れ素より備え有りて豫め具うる者と謂うなり。
現代語訳
都は下を見渡し、余っているところと足りないところを見て、その場で水の官に下ろす。水の官もまた、甲を着けて兵となるべき数によって動く。三老や里の役や伍長と里を回り、父母のところから順に見て回って、水に備える道具を数え揃える。冬の仕事のない時期に、籠と鋤と板築を十のうち六、土を運ぶ車を十のうち一、雨よけの車を十のうち二、食器を二組、一人ずつ持つ。里の中にしまっておき、喪の道具にも回す。その後はいつも、水の官の吏と都の匠が、三老や里の役や伍長とともに見て回る。いつも朔の日に出して数え揃え、丈夫なものを取り、古びたものを補い、傷んだものを取り除く。いつも冬の仕事の少ない時期に、甲士に順番で薪を足させ、水のそばに積み、州の大夫がそれを率いて、ただ時に遅れないようにする。薪を積むのは、仕事が終わったときに。土を動かすのは、仕事がまだ始まらないうちに。天地が和らぎ調い、日は長く続く。こうして見れば、その利は百倍になる。だからいつも、事のないときに道具を備え、事があれば使う。水はいつも制することができ、壊れないようにできる。これを、もとから備えがあってあらかじめ揃えてあるという。
解説
この章句が説くこと
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