管子 / 九守
聽之術,曰勿望而距,勿望而許。許之則失守,距之則閉塞。髙山仰之,不可極也;深淵度之,不可測也。神明之德,正靜其極也。
新字:聴之術,曰勿望而距,勿望而許。許之則失守,距之則閉塞。高山仰之,不可極也;深淵度之,不可測也。神明之徳,正静其極也。
書き下し
聽くの術は、曰く望みて距む勿かれ、望みて許す勿かれ。之を許せば則ち守を失い、之を距めば則ち閉塞す。髙山は之を仰ぐも、極む可からざるなり。深淵は之を度るも、測る可からざるなり。神明の德は、正静其の極なり。
現代語訳
聴くやり方は、期待して拒まないこと、期待して許さないことである。許してしまえば守るところを失い、拒んでしまえば塞がる。高い山は仰いでも極められず、深い淵は測っても測りきれない。神明の徳は、正しく静かであることがその極みである。
解説
聴き方についての短い一段です。相手の言い分に、その場で許しも拒みもしない。許せば自分の守るところを失い、拒めば話が塞がる。どちらも失敗だと言います。高い山も深い淵も極められない、というたとえは、底を見せない構えのことでした。
この章句が説くこと
聴くの術は望みて距む勿かれ望みて許す勿かれ之を許せば則ち守を失い之を距めば則ち閉塞す高山は之を仰ぐも極む可からざるなり神明の徳は正静其の極なり聴く保留
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