管子 / 水地
人,水也。男女精氣合而水流形,三月如咀。咀者何?曰五味。五味者何?曰五藏。酸主脾,鹹主肺,辛主腎,苦主肝,甘主心。五藏已具,而後生肉。脾生隔,肺生骨,腎生腦,肝生革,心生肉。五肉已具,而後發為九竅。脾發為鼻,肝發為目,腎發為耳,肺發為竅。五月而成,十月而生,生而目視、耳聽、心慮。目之所以視,非特山陵之見也,察於荒忽;耳之所聽,非特雷鼔之聞也,察於淑湫;心之所慮,非特知於麤麤也,察於微眇,故修要之精。是以水集於玉,而九德出焉。凝蹇而為人,而九竅五慮出焉。此乃其精也。精麤濁蹇,能存而不能亡者也。
新字:人,水也。男女精気合而水流形,三月如咀。咀者何?曰五味。五味者何?曰五蔵。酸主脾,鹹主肺,辛主腎,苦主肝,甘主心。五蔵已具,而後生肉。脾生隔,肺生骨,腎生脳,肝生革,心生肉。五肉已具,而後発為九竅。脾発為鼻,肝発為目,腎発為耳,肺発為竅。五月而成,十月而生,生而目視、耳聴、心慮。目之所以視,非特山陵之見也,察於荒忽;耳之所聴,非特雷鼔之聞也,察於淑湫;心之所慮,非特知於麤麤也,察於微眇,故修要之精。是以水集於玉,而九徳出焉。凝蹇而為人,而九竅五慮出焉。此乃其精也。精麤濁蹇,能存而不能亡者也。
書き下し
人は、水なり。男女の精氣合して水流れて形をなす。三月にして咀の如し。咀とは何ぞや。曰く五味なり。五味とは何ぞや。曰く五藏なり。酸は脾を主り、鹹は肺を主り、辛は腎を主り、苦は肝を主り、甘は心を主る。五藏已に具わりて、而る後に肉を生ず。脾は隔を生じ、肺は骨を生じ、腎は腦を生じ、肝は革を生じ、心は肉を生ず。五肉已に具わりて、而る後に發して九竅と為る。脾は發して鼻と為り、肝は發して目と為り、腎は發して耳と為り、肺は發して竅と為る。五月にして成り、十月にして生まる。生まれて目視、耳聽、心慮す。目の視る所以は、特に山陵の見ゆるのみに非ず、荒忽に察かなり。耳の聽く所は、特に雷鼔の聞こゆるのみに非ず、淑湫に察かなり。心の慮る所は、特に麤麤を知るのみに非ず、微眇に察かなり、故に要の精を修む。是を以て水は玉に集まりて、九德焉に出づ。凝蹇して人と為りて、九竅五慮出づ。此れ乃ち其の精なり。精麤濁蹇にして、能く存して亡ぶ能わざる者なり。
現代語訳
人は水である。男女の精気が合わさって水が流れ、形になる。三月で咀のようになる。咀とは何か。五味である。五味とは何か。五臓である。酸は脾を司り、鹹は肺を司り、辛は腎を司り、苦は肝を司り、甘は心を司る。五臓が備わってから肉が生じる。脾は隔を生じ、肺は骨を生じ、腎は脳を生じ、肝は皮を生じ、心は肉を生じる。五つの肉が備わってから、開いて九つの穴になる。脾は鼻となり、肝は目となり、腎は耳となり、肺は穴となる。五月で形が整い、十月で生まれる。生まれて目で見、耳で聴き、心で思う。目が見るのは、山や丘が見えるだけではない。ぼんやりとしたものまで見える。耳が聴くのは、雷や太鼓が聞こえるだけではない。かすかな澄んだ音まで聞こえる。心が思うのは、大づかみに知るだけではない。ごく細かいところまで見える。だから要となる精を修める。だから水は玉に集まって九つの徳を出し、固まって人となって九つの穴と五つの思いを出す。これがその精である。精と粗、濁りと固まりがあって、あることはできても、なくなることはできないものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『淮南子』精神訓夫れ精神なる者は、天に受くる所なり。而して形體なる者は、地に稟くる所なり。故に曰く、一は二を生じ、二は三を生じ、三は萬物を生ず、と。萬物は陰を背にして陽を抱き、沖氣以て和を為す。故に曰く、一月にして膏、二月にして胅、三月にして胎、四月にして肌、五月にして筋、六月にして骨、七月にして成り、八月にして動き、九月にして躁ぎ、十月にして生まる、と。形體以て成りて、五臟乃ち形る。是の故に肺は目を主り、腎は鼻を主り、膽は口を主り、肝は耳を主る。外を表と為し內を裡と為し、開閉張歙、各々經紀有り。故に頭の圓きは天に象り、足の方なるは地に象る。天に四時・五行・九解・三百六十六日有り、人も亦た四支・五藏・九竅・三百六十六節有り。天に風雨寒暑有り、人も亦た取與喜怒有り。故に膽を雲と為し、肺を氣と為し、肝を風と為し、腎を雨と為し、脾を雷と為し、以て天地と相い參わる。而して心 之が主と為る。是の故に耳目なる者は、日月なり。血氣なる者は、風雨なり。日中に踆烏有りて、月中に蟾蜍有り。日月 其の行を失えば、薄蝕して光無し。風雨 其の時に非ざれば、毀折して災を生ず。五星 其の行を失えば、州國 殃を受く。夫れ天地の道は、至って紘くして以て大なるも、尚お猶お其の章光を節し、其の神明を愛しむ。人の耳目、曷ぞ能く久しく熏勞して息わざらんや。精神 何ぞ能く久しく馳騁して既きざらんや。是の故に血氣なる者は、人の華なり。而して五藏なる者は、人の精なり。
-
『管子』水地是を以て水の精、麤濁蹇にして、能く存して亡ぶ能わざる者は、人と玉とを生ず。伏し闇くして能く存し能く亡ぶる者は、蓍と龍となり。或いは世に見れ、或いは見れざる者は、蟡と慶忌となり。故に人皆な之を服して、管子は之に則る。人皆な之を有して、管子は之を以てす。
-
『管子』內業精存すれば自ら生じ、其の外安榮なり。内に藏して以て泉原と為し、浩然として和平、以て氣淵と為す。淵の涸れざれば、四體乃ち固し。泉の竭きざれば、九竅遂に通ず。乃ち能く天地を窮め、四海を被う。中に惑意無く、外に邪菑無し。心中に全く、形外に全し。天菑に逢わず、人害に遇わず、之を聖人と謂う。人能く正静なれば、皮膚裕寛、耳目聰明、筋信びて骨強く、乃ち能く大圜を戴きて大方を履む。大清に鑒み、大明に視、敬愼にして忒わず、日に其の德を新たにし、徧く天下を知り、四極を窮む。敬しみて其の充を發す、是を内得と謂う。然り而して反らざる、此れ生の忒なり。
-
『管子』水地地なる者は、萬物の本原、諸生の根菀なり、美惡賢不肖愚俊の生ずる所なり。水なる者は、地の血氣、筋脈の通流するが如き者なり。故に曰く、水は材を具うと。何を以て其の然るを知るや。曰く、夫れ水は、淖弱にして以て清く、而して好く人の惡を灑ぐ、仁なり。之を視れば黒くして白し、精なり。之を量るに槪をして滿つるに至りて止まらしむ可からず、正なり。唯だ流れざる無く、平らかに至りて止まる、義なり。人皆な高きに赴くに、已獨り下きに赴く、卑なり。卑なる者は、道の室、王者の器なり、而して水以て都居と為す。準なる者は、五量の宗なり。素なる者は、五色の質なり。淡なる者は、五味の中なり。是を以て水なる者は、萬物の準なり、諸生の淡なり、違非得失の質なり、是を以て滿たざる無く、居らざる無きなり。
-
説苑・辨物夫れ天地に徳有り、合すれば則ち生気精有り。陰陽消息すれば則ち変化に時有り。時を得て治まり、時を得て化す、時を失えば則ち乱る。是の故に人生まれて具わらざる者五つ。目見ゆる無く、食らう能わず、行く能わず、言う能わず、化を施す能わず。故に三月にして眼達して後に能く見、七月にして歯生じて後に能く食らい、期年にして臏(ひざ)生じて後に能く行き、三年にして合して後に能く言い、十六にして精通じて後に能く化を施す。陰窮まれば陽に反り、陽窮まれば陰に反る。故に陰は陽を以て変じ、陽は陰を以て変ず。故に男は八月にして歯を生じ、八歳にして歯を毀ち、二八十六にして精小しく通ず。女は七月にして歯を生じ、七歳にして歯を毀ち、二七十四にして精化小しく通ず。不肖なる者は精化始めて至り、生気感動し、情に触れて欲を縦にす。故に反りて施化を乱す。故に詩に云う、「乃ち之くの人の如きは、婚姻を懐うなり。大いに信無きなり、命を知らざるなり」と。賢者は然らず、精化填盈して後、時の遇うべからざるを傷み、道端を見ずして、乃ち情欲を陳べて以て歌う。詩に曰わく、「静女其れ姝(しゅ)なり、我を城隅に俟つ。愛して見えず、首を掻きて踟躕(ちちゅう)す」と。「彼の日月を瞻(み)て、遙遙として我思う。道の云(ここ)に遠し、曷(なん)ぞ来る能わん」と。時を急(せ)くの辞なり、甚だしきかな、故に日月を称するなり。
-
『管子』五行一なる者は本なり、二なる者は器なり、三なる者は充なり、治むる者は四なり、敎うる者は五なり、守る者は六なり、立つる者は七なり、前なる者は八なり、終わる者は九なり、十なる者は然る後に五官を六府に具え、五聲を六律に具うるなり。六月にして日至る、是の故に人に六多有り、六多は天地を街く所以なり。天道は九を以て制し、地理は八を以て制し、人道は六を以て制す。天を以て父と為し、地を以て母と為し、以て萬物に開き、以て一統に總ぶ。九制・六府・三充に通じて明天子と為る。槩水を脩め、上は以て天堇を待つ。五藏に反りて以て親しまざるを視る。祀を治めて之をし、下は以て地位を觀る。神廬に貨曋し、精氣に合す。已に合して常有り、常有りて經有り。審らかに其の聲を合わせ、十二鐘を脩めて以て人情を律す。人情已に得て、萬物に極有り、然る後に德有り。故に陽氣に通ずるは、天に事うる所以なり、日月を經緯して、之を民に用う。隂氣に通ずるは、地に事うる所以なり、星厯を經緯して以て其の離を視る。道の若きに通じて然る後に行有り。然らば則ち神筮も靈ならず、神も卜せず、黄帝の澤叅、治の至りなり。