管子 / 小匡
相地而衰其政,則民不移矣。正旅舊,則民不惰。山澤各以其時至,則民不茍。陵陸丘井田疇均,則民不惑。無奪民時,則百姓富;犧牲不勞,則牛馬育。」
新字:相地而衰其政,則民不移矣。正旅旧,則民不惰。山沢各以其時至,則民不茍。陵陸丘井田疇均,則民不惑。無奪民時,則百姓富;犠牲不労,則牛馬育。」
書き下し
地を相て其の政を衰えしむれば、則ち民移らず。旅舊を正せば、則ち民惰らず。山澤各々其の時を以て至れば、則ち民苟くもせず。陵陸丘井田疇均しければ、則ち民惑わず。民の時を奪う無ければ、則ち百姓富む。犧牲勞せざれば、則ち牛馬育つ。
現代語訳
土地を見きわめてそれに応じて課税を軽くすれば、民は移らない。旅の者と古くからの者を正しく扱えば、民は怠らない。山や沢がそれぞれ時期どおりに開かれれば、民は間に合わせをしない。丘も陸も井も田も畑もならされていれば、民は迷わない。民の時を奪わなければ、民は富む。いけにえに使う牛馬を働かせすぎなければ、牛馬は育つ。
解説
小匡篇の編成の話を締める、六つの短い句です。どれも同じ形で、こうすれば民はこうなる、と結果だけを言います。土地に応じて課税を軽くすれば民は移らない。時期どおりに山沢を開けば民は間に合わせをしない。そして最後の一句が、民の時を奪わなければ民は富む。民に時間を返すことを、富の条件として置いた締めくくりです。
この章句が説くこと
地を相て其の政を衰えしむれば則ち民移らず山沢各々其の時を以て至れば則ち民苟くもせず陵陸丘井田疇均しければ則ち民惑わず民の時を奪う無ければ則ち百姓富む課税時期
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