管子 / 小匡
桓公曰:「定民之居、成民之事奈何?」管子對曰:「士農工商,四民者,國之石民也,不可使雜處。雜處則其言哤,其事亂。是故聖王之處士必於閒燕,處農必就田壄,處工必就官府,處商必就市井。今夫士,羣萃而州處,閒燕,則父與父言義,子與子言孝,其事君者言敬,長者言愛,幼者言弟,旦昔從事於此,以教其子弟。少而習焉,其心安焉,不見異物而遷焉。是故其父兄之教,不肅而成。其子弟之學,不勞而能。夫是,故士之子常為士。
新字:桓公曰:「定民之居、成民之事奈何?」管子対曰:「士農工商,四民者,国之石民也,不可使雑処。雑処則其言哤,其事乱。是故聖王之処士必於閒燕,処農必就田壄,処工必就官府,処商必就市井。今夫士,羣萃而州処,閒燕,則父与父言義,子与子言孝,其事君者言敬,長者言愛,幼者言弟,旦昔従事於此,以教其子弟。少而習焉,其心安焉,不見異物而遷焉。是故其父兄之教,不粛而成。其子弟之学,不労而能。夫是,故士之子常為士。
書き下し
桓公曰く、「民の居を定め、民の事を成すは奈何」と。管子對えて曰く、「士農工商、四民なる者は、國の石民なり、雜り處らしむ可からず。雜り處れば則ち其の言哤れ、其の事亂る。是の故に聖王の士を處らしむるは必ず閒燕に、農を處らしむるは必ず田壄に就き、工を處らしむるは必ず官府に就き、商を處らしむるは必ず市井に就く。今夫れ士は、羣萃して州處し、閒燕なれば、則ち父と父とは義を言い、子と子とは孝を言い、其の君に事うる者は敬を言い、長ずる者は愛を言い、幼き者は弟を言う。旦昔此に從事して、以て其の子弟を教う。少くして焉に習えば、其の心焉に安んじ、異物を見て遷らず。是の故に其の父兄の教は、肅ならずして成る。其の子弟の學は、勞せずして能くす。夫れ是くのごとし、故に士の子は常に士と為る」と。
現代語訳
桓公が言った、民の住まいを定め、民の仕事を成り立たせるとはどうするのか。管子が答えた、士農工商の四民は国の礎となる民であって、混ぜて住まわせてはいけません。混ぜて住めば言葉が乱れ、仕事が乱れる。だから聖王は、士を住まわせるのは必ず静かな場所に、農は田野に、工は役所のそばに、商は市場のそばにしました。いま士は、群れ集まって州にまとまって住み、静かな場所にいれば、父と父は義を語り、子と子は孝を語り、君に仕える者は敬を語り、年長者は愛を語り、年少者は悌を語る。朝夕これに従事して、それで子弟を教える。幼いうちからそれに慣れれば、心はそこに落ち着き、よそのものを見ても移らない。だから父兄の教えは、厳しくしなくても成る。子弟の学びは、苦労しなくてもできる。だから士の子は常に士となるのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・修身・入る所を慎み、接する所を慎む廟に入れば敬を期せずして自ら敬し、朝に入れば肅を期せずして自ら肅たり。是を以て君子は入る所を慎むなり。嚴師を見れば則ち收斂し、狎友を見れば則ち放恣なり。是を以て君子は接する所を慎むなり。
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『墨子』所染子墨子、染絲する者を見て歎じて言いて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黄に染むれば則ち黄なり。入るる所の者變ずれば、其の色も亦た變ず。五たび入れて已に五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり」と。
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『講孟余話』滕文公下 第六章「一薛居州、独り宋王を如何せん」。此の章の義極めて明白、比喩極めて的切、而して到底又此の一句に帰す。然れども是れ独り人君の知るべきのみに非ず。卿大夫士に至るまで、争臣争友少なくては、善をなすこと甚だ難し。更に一転して思ふに、心の存する所、身の行ふ所、接する所の事、翫ぶ所の芸、皆善に非ざることなくば、何を以て不善の人たらんや。故に云ふ、「小人間居して不善をなす」と。不善の萌しは必ず無事による者なれば、是れを思ひて、身を孝悌文武の内に漸漬して、他念を生ずるに暇なくすべし。是れ亦荘嶽に置くの意なり。
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『呻吟語』外篇・品藻・至此不為君子、真小人なり君子事に當たれば、則ち小人も皆な君子と為る。此に至りて君子と為らざるは、真の小人なり。小人事に當たれば、則ち中人も皆な小人と為る。此に至りて小人と為らざるは、真の君子なり。
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『新書』保傅秦に及びて然らず、其の俗は固より辞譲を貴ぶに非ず、上ぶ所は告訏なり。固より礼義を貴ぶに非ず、上ぶ所は刑罰なり。趙高をして胡亥に傅きて之に獄を教えしめ、習う所は人を斬劓するに非ざれば、則ち人の三族を夷するなり。故に今日位に即き、明日人を射、忠諫する者は之を誹謗と謂い、深く之が為に計る者は之を妖言と謂い、其の人を殺すを視ること艾草菅の若く然り。豈に胡亥の性悪ならんや。其の之を集め道く所以の者、理に非ざる故なり。
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。

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