管子 / 中匡
桓公曰:「昔三王者既弑其君,今言仁義,則必以三王為法度,不識其故何也?」對曰:「昔者,禹平治天下,及桀而亂之,湯放桀以定禹功也。湯平治天下,及紂而亂之,武王伐紂以定湯功也。且善之伐不善也,自古至今,未有改之,君何疑焉!」公又問曰:「古之亡國其何失?」對曰:「計得地與寳而不計失諸侯,計得財委而不計失百姓,計見親而不計見棄。三者之屬,一足以削,遍而有者亡矣。古之隳國家、隕社稷者,非故且為之也,必少有樂焉,不知其陷於惡也。」
新字:桓公曰:「昔三王者既弑其君,今言仁義,則必以三王為法度,不識其故何也?」対曰:「昔者,禹平治天下,及桀而乱之,湯放桀以定禹功也。湯平治天下,及紂而乱之,武王伐紂以定湯功也。且善之伐不善也,自古至今,未有改之,君何疑焉!」公又問曰:「古之亡国其何失?」対曰:「計得地与寳而不計失諸侯,計得財委而不計失百姓,計見親而不計見棄。三者之属,一足以削,遍而有者亡矣。古之隳国家、隕社稷者,非故且為之也,必少有楽焉,不知其陥於悪也。」
書き下し
桓公曰く、「昔三王なる者は既に其の君を弑す、今仁義を言えば、則ち必ず三王を以て法度と為す、其の故を識らず、何ぞや」と。對えて曰く、「昔者、禹天下を平治す、桀に及びて之を亂す、湯桀を放ちて以て禹の功を定むるなり。湯天下を平治す、紂に及びて之を亂す、武王紂を伐ちて以て湯の功を定むるなり。且つ善の不善を伐つや、古より今に至るまで、未だ之を改むる有らず、君何ぞ焉を疑わんや」と。公又た問いて曰く、「古の亡國は其れ何を失えるか」と。對えて曰く、「地と寶とを得るを計りて諸侯を失うを計らず、財委を得るを計りて百姓を失うを計らず、親しまるるを見るを計りて棄てらるるを見るを計らず。三つの者の屬、一つも以て削るに足る、遍くして有たば亡ぶ。古の國家を隳し、社稷を隕とす者は、故らに且つ之を為すに非ざるなり、必ず少しく樂しむ有りて、其の惡に陷るを知らざるなり」と。
現代語訳
桓公が言った、昔の三王は主君を殺している。いま仁義を語れば、必ず三王を手本とする。その理由がわからない、どういうことか。答えて言った、昔、禹が天下を治め、桀に至って乱した。湯は桀を追放して禹の功を定めたのです。湯が天下を治め、紂に至って乱した。武王は紂を討って湯の功を定めたのです。善が善くないものを討つのは、昔から今まで変わったことがありません。君は何を疑われるのですか。公がまた問うた、昔の亡んだ国は何を失ったのか。答えて言った、土地と宝を得ることは数えても、諸侯を失うことは数えない。財の蓄えを得ることは数えても、民を失うことは数えない。親しまれることは数えても、捨てられることは数えない。この三つのうち、一つあれば削られるに足り、全部そろえば亡びます。昔、国家をこわし社稷を落とした者は、わざとそうしたのではありません。必ず少し楽しむところがあって、自分が悪に陥っていることに気づかなかったのです。
解説
この章句が説くこと
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『管子』小稱管子曰く、「善く身を罪する者は、民得て罪せざるなり。身を罪する能わざる者は、民之を罪す。故に身の過ちを稱する者は、强きなり。身の節を治むる者は、惠なり。不善を以て人に歸せざる者は、仁なり。故に明王は過ち有れば、則ち之を身に反す。善有れば、則ち之を民に歸す。過ち有りて之を身に反せば、則ち身懼る。善有りて之を民に歸せば、則ち民喜ぶ。往きては民を喜ばせ、來たりては身を懼れしむ、此れ明王の民を治むる所以なり。今夫れ桀・紂は然らず、善有れば則ち之を身に反し、過ち有れば則ち之を民に歸す。之を民に歸すれば則ち民怒り、之を身に反せば則ち身驕る。往きては民を怒らせ、來たりては身を驕らしむ、此れ其の身を失う所以なり。故に明王は聲を懼れて以て耳に感じ、氣を懼れて以て目に感ず、此の二者を以て天下を有つ、愼む毋かる可けんや。匠人は斤欘に感ずる有り、故に繩料る可きなり。羿は弓矢に感ずる有り、故に彀中つる可きなり。造父は轡筴に感ずる有り、故に遬獸も及ぶ可く、逺道も致す可し。天下なる者は、常の亂無く、常の治無し。不善の人在れば則ち亂れ、善人在れば則ち治まる、既に善なる所以は之に感ずるに在るなり」と。
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『管子』七主七臣夫れ男田せず、女緇せず、工技無用に力めて、而も土地の毛あり、倉庫滿實せんことを欲するは、得可からざるなり。土地毛あらざれば、則ち人足らず。人足らざれば、則ち逆氣生ず。逆氣生ずれば、則ち令行われず。然らば彊敵發して起こらば、善き者と雖も存する能わず。何を以て其の然るを効かさんや。曰く、昔者桀・紂是れなり。賢忠を誅し、讒賊の士に近づきて、婦人を貴び、殺すを好みて勇ならず、富を好みて貧を忘れ、馳獵窮まり無く、鼓樂厭くこと無し。瑶臺玉餔も處るに足らず、馳車千駟も乘材とするに足らず。女樂三千人、鐘石絲竹の音絶えず、百姓罷乏し、君子死する無く、卒に人有る莫く、人に反心有り。周の武王に遇い、遂に周氏の禽と為る。此れ物に營まれて其の情を失う者なり、淫樂に愉しみて後患を忘るる者なり。故に用を設くるに度無ければ、國家踣る。事を舉ぐるに時ならざれば、必ず其の菑を受く。
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『管子』形勢解人主術數を學ぶに務め、正理を行うに務むれば、則ち變化日に進み、大功に至るも、愚人は知らざるなり。亂主は淫佚邪枉にして、日に無道を為し、滅亡に至るも自ら知らざるなり。故に曰く、「其の之を為すを知る莫くして、其の功既に成る。其の之を舍つるを知る莫くして、之を藏して形無し」と。古者三王五霸は皆な人主の天下を利する者なり、故に身貴顯にして子孫其の澤を被る。桀・紂・幽・厲は、皆な人主の天下を害する者なり、故に身困傷して子孫其の禍を蒙る。故に曰く、「今を疑う者は之を古に察し、來を知らざる者は之を往に視る」と。神農は耕を教え榖を生じて以て民の利を致す。禹は身ら瀆を決し、髙きを斬り下きに橋して以て民の利を致す。湯・武は無道を征伐し、暴亂を誅殺して以て民の利を致す。故に明主の動作は異なりと雖も、其の民を利するは同じきなり。故に曰く、「萬事の任は、起こるを異にして歸を同じくす、古今一なり」と。
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『管子』重令凡そ先王の國を治むるの器は三つ、攻めて之を毀つ者は六つ。明王は能く其の攻を勝つ、故に三つの者に益さずして自ら國を有ち天下を正す。亂王は其の攻に勝つ能わず、故に亦た三つの者に損ぜずして自ら天下を有ちて亡ぶ。三器なる者は何ぞや。曰く、號令なり、斧鉞なり、禄賞なり。六攻なる者は何ぞや。曰く、親なり、貴なり、貨なり、色なり、巧佞なり、玩好なり。三器の用は何ぞや。曰く、號令に非ざれば以て下を使う毋く、斧鉞に非ざれば以て衆を威す毋く、禄賞に非ざれば以て民を勸むる毋し。六攻の敗は何ぞや。曰く、聽かずと雖も以て存するを得可き者、禁を犯すと雖も以て免るるを得可き者、功毋しと雖も以て富むを得可き者なり。
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『淮南子』氾論訓趙襄子は晉陽の城を以て霸たり、智伯は三晉の地を以て擒にせらる。湣王は大齊を以て亡び、田單は即墨を以て功有り。故に國の亡ぶるや、大なりと雖も恃むに足らず。道の行わるるや、小なりと雖も輕んず可からず。此に由りて之を觀れば、存は道を得るに在りて大に在らざるなり。亡は道を失うに在りて小に在らざるなり。詩に云う、「乃ち眷いて西のかた顧み、此れ惟れ與に宅らん」と。殷を去りて周に遷るを言うなり。故に亂國の君は、務めて其の地を廣くして仁義を務めず、務めて其の位を高くして道德を務めず。是れ其の存する所以を釋てて、其の亡ぶる所以を造るなり。故に桀 焦門に囚われて、自ら其の行う所を非とする能わずして、湯を夏臺に殺さざるを悔ゆ。紂 宣室に居りて、其の過ちに反らずして、文王を羑里に誅せざるを悔ゆ。二君 彊大の勢位に處り、仁義の道を修めば、湯・武 罪を救うに給せざらん。何の謀か敢えて當たらんや。若し上は三光の明を亂し、下は萬民の心を失わば、湯・武 微しと雖も、孰か奪う能わざらんや。今 其の己に在る者を審らかにせずして、反って之を人に備う。天下 一の湯・武に非ざるなり。一人を殺さば、則ち必ず之を繼ぐ者有らん。且つ湯・武の小弱に處りて能く以て王たりし所以は、其の道有るを以てなり。桀・紂の彊大に處りて奪わるる所以は、其の道無きを以てなり。今 人の王たる所以を行わずして、反って己の奪わるる所以を益すは、是れ亡に趨るの道なり。
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『管子』法禁昔者聖王の人を治むるや、其の人の博學なるを貴ばず、其の人の和同して以て令を聽くを欲するなり。泰誓に曰く、「紂に臣億萬人有り、亦た億萬の心有り。武王に臣三千有りて心を一にす」と。故に紂は億萬の心を以て亡び、武王は一心を以て存す。故に國を有つの君、苟くも人心を同じくし、國威を一にし、士義を齊しくし、上の治に通じて以て下の法と為す能わざれば、則ち廣地衆民有りと雖も、猶お以て安しと為す能わざるなり。君其の道を失えば、則ち大臣は權重を比べて以て國に相舉げ、小臣は必ず利に循いて以て相就くなり。故に舉國の士を以て亡黨と為し、公道を行いて以て私惠と為す。進みては則ち君に相推し、退きては則ち民に相譽め、各々其の身を便にして、社稷を忘れ、以て其の居を廣め、徒を聚め羣に威し、上は以て君を蔽い、下は以て民を索む、此れ皆な君を弱くし國を亂すの道なり。