管子 / 八觀
故曰:山林雖近,草木雖美,宫室必有度,禁發必有時。是何也?曰:大木不可獨伐也,大木不可獨舉也,大木不可獨運也,大木不可加之薄牆之上。故曰:山林雖廣,草木雖美,禁發必有時。國雖充盈,金玉雖多,宫室必有度。江海雖廣,池澤雖博,魚鼈雖多,罔罟必有正。船網不可一財而成也,非私草木、愛魚鼈也,惡廢民於生榖也。故曰:先王之禁山澤之作者,博民於生榖也。
新字:故曰:山林雖近,草木雖美,宫室必有度,禁発必有時。是何也?曰:大木不可独伐也,大木不可独舉也,大木不可独運也,大木不可加之薄牆之上。故曰:山林雖広,草木雖美,禁発必有時。国雖充盈,金玉雖多,宫室必有度。江海雖広,池沢雖博,魚鼈雖多,罔罟必有正。船網不可一財而成也,非私草木、愛魚鼈也,悪廃民於生榖也。故曰:先王之禁山沢之作者,博民於生榖也。
書き下し
故に曰く、山林近しと雖も、草木美なりと雖も、宮室に必ず度有り、禁發に必ず時有りと。是れ何ぞや。曰く、大木は獨り伐る可からざるなり、大木は獨り舉ぐ可からざるなり、大木は獨り運ぶ可からざるなり、大木は之を薄牆の上に加う可からざるなり。故に曰く、山林廣しと雖も、草木美なりと雖も、禁發に必ず時有りと。國充盈すと雖も、金玉多しと雖も、宮室に必ず度有り。江海廣しと雖も、池澤博しと雖も、魚鼈多しと雖も、罔罟に必ず正有り。船網は一財にして成る可からざるなり、草木を私し、魚鼈を愛しむに非ざるなり、民を生穀に廢するを惡むなり。故に曰く、先王の山澤の作を禁ずるは、民を生穀に博むるなりと。
現代語訳
だから言う、山林が近くても、草木が美しくても、宮室には必ず限度があり、禁じることと開くことには必ず時期がある、と。なぜか。大木は一人で伐れず、一人で担げず、一人で運べず、薄い壁の上に載せることもできない。だから言う、山林が広くても、草木が美しくても、禁じることと開くことには必ず時期がある、と。国が満ち足りていても、金玉が多くても、宮室には必ず限度がある。長江や海が広くても、池や沢が広くても、魚や亀が多くても、網には必ず定めがある。船も網も、ひとつの財だけでできあがるものではない。草木を惜しみ、魚や亀をいとおしんでいるのではない。民を穀物を生む仕事から引き離してしまうのを嫌うのである。だから言う、先王が山沢での仕事を禁じたのは、民を穀物を生むほうへ集めるためである、と。
解説
この章句が説くこと
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