管子 / 樞言
一日不食比嵗歉,三日不食比嵗飢,五日不食比嵗荒,七日不食無國土,十日不食無疇類,盡死矣。先王貴誠信,誠信者,天下之結也。賢大夫不恃宗至,士不恃外權,坦坦之利不以功,坦坦之備不為用,故存國家,定社稷,在卒謀之間耳。聖人用其心,沌沌乎博而圜,豚豚乎莫得其門,紛紛乎若亂絲,遺遺乎若有從治。故曰:「欲知者知之,欲利者利之,欲勇者勇之,欲貴者貴之。」彼欲貴,我貴之,人謂我有禮。彼欲勇,我勇之,人謂我恭。彼欲利,我利之,人謂我仁。彼欲知,我知之,人謂我慜。戒之戒之,微而異之,動作必思之,無令人識之,卒來者必備之。信之者仁也,不可欺者智也。既智且仁,是謂成人。
新字:一日不食比歳歉,三日不食比歳飢,五日不食比歳荒,七日不食無国土,十日不食無疇類,尽死矣。先王貴誠信,誠信者,天下之結也。賢大夫不恃宗至,士不恃外権,坦坦之利不以功,坦坦之備不為用,故存国家,定社稷,在卒謀之間耳。聖人用其心,沌沌乎博而圜,豚豚乎莫得其門,紛紛乎若乱糸,遺遺乎若有従治。故曰:「欲知者知之,欲利者利之,欲勇者勇之,欲貴者貴之。」彼欲貴,我貴之,人謂我有礼。彼欲勇,我勇之,人謂我恭。彼欲利,我利之,人謂我仁。彼欲知,我知之,人謂我慜。戒之戒之,微而異之,動作必思之,無令人識之,卒来者必備之。信之者仁也,不可欺者智也。既智且仁,是謂成人。
書き下し
一日食らわざれば歳の歉に比し、三日食らわざれば歳の飢に比し、五日食らわざれば歳の荒に比し、七日食らわざれば國土無く、十日食らわざれば疇類無く、盡く死す。先王は誠信を貴ぶ、誠信なる者は、天下の結なり。賢大夫は宗の至るを恃まず、士は外權を恃まず、坦坦の利は功を以てせず、坦坦の備は用を為さず、故に國家を存し、社稷を定むるは、卒謀の間に在るのみ。聖人の其の心を用うるや、沌沌乎として博くして圜く、豚豚乎として其の門を得る莫く、紛紛乎として亂絲の若く、遺遺乎として從いて治まる有るが若し。故に曰く、「知らんと欲する者は之を知らしめ、利せんと欲する者は之を利し、勇ならんと欲する者は之を勇ならしめ、貴からんと欲する者は之を貴くす」と。彼貴からんと欲すれば、我之を貴くす、人我を禮有りと謂う。彼勇ならんと欲すれば、我之を勇ならしむ、人我を恭と謂う。彼利せんと欲すれば、我之を利す、人我を仁と謂う。彼知らんと欲すれば、我之を知らしむ、人我を慜と謂う。之を戒め之を戒め、微にして之を異にし、動作必ず之を思い、人をして之を識らしむること無く、卒に來たる者は必ず之に備う。之を信ずるは仁なり、欺く可からざるは智なり。既に智にして且つ仁、是を成人と謂う。
現代語訳
一日食べなければ不作の年に等しく、三日食べなければ飢えた年に等しく、五日食べなければ荒れた年に等しく、七日食べなければ国土はなく、十日食べなければ仲間もなく、みな死ぬ。先王は誠と信を貴んだ。誠信は天下の結び目である。賢い大夫は一族の力を頼まず、士は外の権勢を頼まない。平らかな利は功によらず、平らかな備えは用をなさない。だから国家を保ち社稷を定めるのは、とっさのはかりごとの間にあるだけである。聖人が心を用いるさまは、混沌として広く円く、もやもやとして入口が見つからず、乱れた糸のように紛らわしく、それでいてついていけば治まっていくようである。だから言う、知りたい者には知らせ、利したい者には利させ、勇みたい者には勇ませ、貴くありたい者は貴くする、と。相手が貴くありたければ貴くしてやる、すると人は私を礼があるという。相手が勇みたければ勇ませてやる、すると人は私を恭しいという。相手が利したければ利させてやる、すると人は私を仁だという。相手が知りたければ知らせてやる、すると人は私を賢いという。戒めよ、戒めよ。細かなところで違えておき、動くときは必ず考え、人にそれと気づかせず、急に来る者には必ず備える。人を信じるのが仁であり、欺かれないのが智である。智があってしかも仁である、これを成人という。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』戒仁は中より出で、義は外より作る。仁なるが故に天下を以て利と為さず。義なるが故に天下を以て名と為さず。仁なるが故に王に代わらず。義なるが故に七十にして政を致す。是の故に聖人は德を上びて功を下し、道を尊びて物を賤しむ。道德身に當たる、故に物を以て惑わず。是の故に身草茅の中に在りて懾意無く、南面して天下を聽きて驕色無し。此くの如くして而る後に以て天下の王為る可し。所謂德なる者は、動かずして疾く、相告げずして知り、為さずして成り、召さずして至る、是れ德なり。故に天動かずして、四時云に下りて萬物化す。君動かずして、政令陳ね下りて萬功成る。心動かずして、四肢耳目を使いて萬物情あり。交わり寡なくして親しみ多きを、之を人を知ると謂う。事寡なくして功成るを、之を用を知ると謂う。一言を聞きて以て萬物を貫くを、之を道を知ると謂う。多言にして當たらざるは、其の寡なきに如かず。博く學びて自ら反らざれば、必ず邪有り。孝弟なる者は、仁の祖なり。忠信なる者は、交わりの慶なり。内に孝弟を考えず、外に忠信を正さずして、其の四經を澤にして誦學する者は、是れ其の身を亡ぼす者なり。
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『管子』樞言管子曰く、道の天に在る者は、日なり。其の人に在る者は、心なり。故に曰く、氣有れば則ち生き、氣無ければ則ち死す、生くる者は其の氣を以てす。名有れば則ち治まり、名無ければ則ち亂る、治まる者は其の名を以てす。樞言に曰く、「之を愛し、之を利し、之を益し、之を安んず」と。四つの者は道の出づる所、帝王たる者之を用いて天下治まる。帝王たる者は先んずる所後にする所を審らかにす、民と地とを先にすれば則ち得たり、貴と驕とを先にすれば則ち失う。是の故に先王は貴を慎むこと先後する所に在り。人主は以て貴を慎まざる可からず、以て民を慎まざる可からず、以て富を慎まざる可からず。貴を慎むは賢を舉ぐるに在り、民を慎むは官を置くに在り、富を慎むは地に務むるに在り。故に人主の卑尊輕重は、此の三つの者に在り、慎まざる可からず。
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『管子』勢故に賢者は誠信にして以て之を仁し、慈惠にして以て之を愛す。政象を端しくし、敢えて以て人に先んぜず。中静にして留まらず、裕德にして求むる無く、女色に形る。其の處る所の者は、柔安静樂にして、德を行いて爭わず、以て天下の濆作するを待つ。故に賢者は安徐正静にして、柔節先ず定まる。敢えざるに行いて、能わざるに立ち、弱節を守りて堅く之に處る。故に天時を犯さず、民功を亂さず、時を秉りて人を養う。德を先にし刑を後にし、天に順いて、微かに人を度る。善く周する者は、明も見る能わざるなり。善く明なる者は、周も蔽う能わざるなり。大明大周に勝てば、則ち民に大周無きなり。大周大明に勝てば、則ち民に大明無きなり。大周の先は、以て信を奮う可し。大明の祖は、以て天下に代わる可し。索めて得ずんば、之を招搖の下に求む。獸走るに厭きて伏網罟有り、一たび偃し一たび側にす、然らずんば得ず。大文三たび曽ねて義と德とを貴ぶ。大武三たび曽ねて武と力とを偃す。
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『管子』樞言凡そ國の亡ぶるや、其の長ずる者を以てなり。人の自ら失うや、其の長ずる所の者を以てなり。故に善く游ぐ者は梁池に死し、善く射る者は中野に死す。命は食に屬し、治は事に屬す、善事無くして善治有る者は、古より今に及ぶまで未だ嘗て之れ有らざるなり。衆は寡に勝ち、疾きは徐きに勝ち、勇は怯に勝ち、智は愚に勝ち、善は惡に勝ち、義有るは義無きに勝ち、天道有るは天道無きに勝つ。凡そ此の七勝なる者は衆きを貴ぶ、之を用うること終身なる者衆し。人主の佚欲を好み、其の身を亡ぼし、其の國を失う者は、殆うし。其の德以て其の民を懷くるに足らざる者は、殆うし。其の刑を明らかにして其の士を賤しむ者は、殆うし。諸侯之に威を假し、久しくして極まるを知らざる者は、殆うし。身彌々老いて、其の適子を敬うを知らざる者は、殆うし。蓄藏積陳ねて朽腐し、以て人に與えざる者は、殆うし。凡そ人の名は三つ。治むる有る者、恥ずる有る者、事有る者なり。事の名は二つ。之を正し、之を察す。五つの者にして天下治まる。名正しければ則ち治まり、名倚れば則ち亂れ、名無ければ則ち死す、故に先王は名を貴ぶ。
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荀子・非十二子篇信を信とするは信なり、疑を疑とするも亦(また)信なり。賢を貴ぶは仁なり、不肖を賤しむも亦仁なり。言いて當(あた)るは知なり、默して當るも亦知なり。故に默を知るは猶(な)お言を知るがごとし。故に多く言いて類(るい)するは聖人なり、少なく言いて法あるは君子なり。多少法無くして流湎然(りゅうめんぜん)たるは、辯なりと雖(いえど)も小人なり。故に力を勞して民の務めに當らざる、之を姦事と謂う。知を勞して先王に律(のっと)らざる、之を姦心と謂う。辯説譬諭(へんせつひゆ)、齊給便利にして禮義に順(したが)わざる、之を姦説と謂う。此の三姦は、聖王の禁ずる所なり。知にして險、賊にして神、詐(いつわり)を為して巧み、言用無くして辯、辯惠ならずして察なるは、治の大殃(たいおう)なり。行(おこな)い辟(よこしま)にして堅く、非を飾りて好(よ)しとし、姦を玩(もてあそ)びて澤(たく)あり、言辯にして逆なるは、古の大禁なり。知ありて法無く、勇にして憚(はばか)る無く、察辯にして僻(へき)を操り、淫大にして之を用い、姦を好みて衆と與(とも)にし、利足にして迷い、石を負いて墜つるは、是れ天下の棄つる所なり。
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貞観政要・誠信貞観十七年、太宗侍臣に謂いて曰く、「伝に称す、『食を去りて信を存す』と。孔子曰く、『民は信無くんば立たず』と。昔、項羽は既に咸陽に入り、已に天下を制す。向(さき)に能く力めて仁信を行わば、誰か奪わんや」と。房玄齢対えて曰く、「仁・義・礼・智・信、之を五常と謂う。一を廃するも不可なり。能く勤めて之を行わば、甚だ裨益有り。殷の紂は五常を狎侮(こうぶ)し、武王之を奪う。項氏は信無きを以て漢の高祖の奪う所と為る。誠に聖旨の如し」と。