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荀子 / 非十二子篇

信信、信也,疑疑、亦信也。貴賢、仁也,賤不肖、亦仁也。言而當、知也,默而當,亦知也,故知默猶知言也。故多言而類,聖人也;少言而法,君子也;多少無法,而流湎然,雖辯,小人也。故勞力而不當民務,謂之姦事,勞知而不律先王,謂之姦心;辯說譬諭,齊給便利,而不順禮義,謂之姦說。此三姦者,聖王之所禁也。知而險,賊而神,為詐而巧,言無用而辯,辯不惠而察,治之大殃也。行辟而堅,飾非而好,玩姦而澤,言辯而逆,古之大禁也。知而無法,勇而無憚,察辯而操僻,淫大而用之,好姦而與眾,利足而迷,負石而墜,是天下之所棄也。

新字:信信、信也,疑疑、亦信也。貴賢、仁也,賤不肖、亦仁也。言而当、知也,黙而当,亦知也,故知黙猶知言也。故多言而類,聖人也;少言而法,君子也;多少無法,而流湎然,雖辯,小人也。故労力而不当民務,謂之姦事,労知而不律先王,謂之姦心;辯説譬諭,斉給便利,而不順礼義,謂之姦説。此三姦者,聖王之所禁也。知而険,賊而神,為詐而巧,言無用而辯,辯不恵而察,治之大殃也。行辟而堅,飾非而好,玩姦而沢,言辯而逆,古之大禁也。知而無法,勇而無憚,察辯而操僻,淫大而用之,好姦而与眾,利足而迷,負石而墜,是天下之所棄也。

書き下し

信を信とするは信なり、疑を疑とするも亦(また)信なり。賢を貴ぶは仁なり、不肖を賤しむも亦仁なり。言いて當(あた)るは知なり、默して當るも亦知なり。故に默を知るは猶(な)お言を知るがごとし。故に多く言いて類(るい)するは聖人なり、少なく言いて法あるは君子なり。多少法無くして流湎然(りゅうめんぜん)たるは、辯なりと雖(いえど)も小人なり。故に力を勞して民の務めに當らざる、之を姦事と謂う。知を勞して先王に律(のっと)らざる、之を姦心と謂う。辯説譬諭(へんせつひゆ)、齊給便利にして禮義に順(したが)わざる、之を姦説と謂う。此の三姦は、聖王の禁ずる所なり。知にして險、賊にして神、詐(いつわり)を為して巧み、言用無くして辯、辯惠ならずして察なるは、治の大殃(たいおう)なり。行(おこな)い辟(よこしま)にして堅く、非を飾りて好(よ)しとし、姦を玩(もてあそ)びて澤(たく)あり、言辯にして逆なるは、古の大禁なり。知ありて法無く、勇にして憚(はばか)る無く、察辯にして僻(へき)を操り、淫大にして之を用い、姦を好みて衆と與(とも)にし、利足にして迷い、石を負いて墜つるは、是れ天下の棄つる所なり。

現代語訳

信ずべきものを信ずるのは誠実であり、疑うべきものを疑うのもまた誠実である。賢者を尊ぶのは仁であり、愚か者を退けるのもまた仁である。発言して的中するのは知恵であり、沈黙して的を射ているのもまた知恵である。だから、黙るべきを知ることは、語るべきを知ることと同じである。多く語ってすべて筋が通っているのが聖人、言葉少なでも法にかなっているのが君子。多かろうと少なかろうと法がなく、だらしなく流れていくのは、たとえ弁が立っても小人である。力を尽くしても民の務めにかなわないもの、これを姦(よこしま)な仕事という。知恵を尽くしても先王の道に則らないもの、これを姦な心という。弁舌や比喩が巧みで小回りが利いても礼義に従わないもの、これを姦な説という。この三つの姦は、聖王の禁ずるところである。知恵があるのに陰険、人を害してしかも巧妙、いつわりが上手、無用のことを弁じ立て、人の役に立たない詮索ばかり鋭い。これらは政治の大きな災いである。行いは邪でしかも頑固、過ちを飾って正当化し、悪事を弄んで恥じず、弁は立つが道に逆らう。これらはいにしえからの大きな禁である。知恵はあるが法がなく、勇気はあるが恐れを知らず、詮索と弁舌に長けているが偏りに固執し、度を越してそれを用い、悪事を好んで徒党を組み、利に走って迷い、石を背負って淵に沈むように自ら滅ぶ。これこそ天下から見捨てられる者である。

解説

批判を終えた荀子が、では何が正しい態度なのかを説く一段です。冒頭の対句が印象的です。信ずべきを信ずるのも、疑うべきを疑うのも、どちらも同じく誠実さである。賢者を尊ぶのも愚者を退けるのも、どちらも仁である。そして、語って的を射るのも、黙って的を射るのも、どちらも知恵である。荀子は物事を一方向でなく、両側から見ています。とりわけ「黙るべきを知ることは、語るべきを知ることと同じだ」という一句は重い言葉です。続けて荀子は、努力が民の役に立たなければ姦事、知恵が道に則らなければ姦心、弁舌が礼義に従わなければ姦説だと、三つの落とし穴を挙げます。能力そのものではなく、その向かう先が問われているのです。私たちの仕事でも、努力・知恵・弁舌は武器になりますが、それが誰のためかを外すと、かえって害になります。よく語るより、よく黙る。多く動くより、正しく動く。ここが分かれ目です。

この一句を、あなたの毎日に。

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