管子 / 立政
君之所務者五:一曰山澤不救於火,草木不植成,國之貧也。二曰溝瀆不遂於隘,鄣水不安其藏,國之貧也。三曰桑麻不植於野,五榖不宜其地,國之貧也。四曰六畜不育於家,瓜瓠葷菜百果不備具,國之貧也。五曰工事競於刻鏤,女事繁於文章,國之貧也。故曰:山澤救於火,草木植成,國之富也。溝瀆遂於隘,鄣水安其藏,國之富也。桑麻植於野,五榖宜其地,國之富也。六畜育於家,瓜瓠葷菜百果備具,國之富也。工事無刻鏤,女事無文章,國之富也。
新字:君之所務者五:一曰山沢不救於火,草木不植成,国之貧也。二曰溝瀆不遂於隘,鄣水不安其蔵,国之貧也。三曰桑麻不植於野,五穀不宜其地,国之貧也。四曰六畜不育於家,瓜瓠葷菜百果不備具,国之貧也。五曰工事競於刻鏤,女事繁於文章,国之貧也。故曰:山沢救於火,草木植成,国之富也。溝瀆遂於隘,鄣水安其蔵,国之富也。桑麻植於野,五穀宜其地,国之富也。六畜育於家,瓜瓠葷菜百果備具,国之富也。工事無刻鏤,女事無文章,国之富也。
書き下し
君の務むる所の者は五。一に曰く山澤火より救われず、草木植え成らざるは、國の貧しきなり。二に曰く溝瀆隘に遂げず、鄣水其の藏に安んぜざるは、國の貧しきなり。三に曰く桑麻野に植えられず、五穀其の地に宜しからざるは、國の貧しきなり。四に曰く六畜家に育たず、瓜瓠葷菜百果備具せざるは、國の貧しきなり。五に曰く工事刻鏤に競い、女事文章に繁きは、國の貧しきなり。故に曰く、山澤火より救われ、草木植え成るは、國の富めるなり。溝瀆隘に遂げ、鄣水其の藏に安んずるは、國の富めるなり。桑麻野に植えられ、五穀其の地に宜しきは、國の富めるなり。六畜家に育ち、瓜瓠葷菜百果備具するは、國の富めるなり。工事に刻鏤無く、女事に文章無きは、國の富めるなり。
現代語訳
君主が務めるべきものが五つある。一に、山や沢が火から守られず、草木が植えて育たないのは、国が貧しいということである。二に、溝や堀が狭い所で通らず、堰き止めた水が蓄えに落ち着かないのは、国が貧しいということである。三に、桑と麻が野に植えられず、五穀がその土地に合っていないのは、国が貧しいということである。四に、六畜が家で育たず、瓜やひさご、香りの野菜、さまざまな果実がそろわないのは、国が貧しいということである。五に、工事が彫刻の細かさを競い、女の仕事が模様に凝るのは、国が貧しいということである。だから言う、山沢が火から守られ草木が育つのは、国が富んでいることである。溝や堀が通り、堰いた水が落ち着くのは、国が富んでいることである。桑麻が野に植えられ五穀が土地に合うのは、国が富んでいることである。六畜が家で育ち果菜がそろうのは、国が富んでいることである。工事に彫り飾りがなく、女の仕事に凝った模様がないのは、国が富んでいることである。
解説
この章句が説くこと
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