管子 / 權脩
人情不二,故民情可得而御也。審其所好惡,則其長短可知也;觀其交游,則其賢不肖可察也;二者不失,則民能可得而官也。地之守在城,城之守在兵,兵之守在人,人之守在粟,故地不辟則城不固。有身不治,奚待於人?有人不治,奚待於家?有家不治,奚待於鄉?有鄉不治,奚待於國?有國不治,奚待於天下?天下者,國之本也;國者,鄉之本也;鄉者,家之本也;家者,人之本也;人者,身之本也;身者,治之本也。
新字:人情不二,故民情可得而御也。審其所好悪,則其長短可知也;観其交游,則其賢不肖可察也;二者不失,則民能可得而官也。地之守在城,城之守在兵,兵之守在人,人之守在粟,故地不辟則城不固。有身不治,奚待於人?有人不治,奚待於家?有家不治,奚待於鄉?有鄉不治,奚待於国?有国不治,奚待於天下?天下者,国之本也;国者,鄉之本也;鄉者,家之本也;家者,人之本也;人者,身之本也;身者,治之本也。
書き下し
人情二ならず、故に民情は得て御す可きなり。其の好惡する所を審らかにすれば、則ち其の長短知る可きなり。其の交游を觀れば、則ち其の賢不肖察す可きなり。二者失わざれば、則ち民能得て官とす可きなり。地の守りは城に在り、城の守りは兵に在り、兵の守りは人に在り、人の守りは粟に在り、故に地辟けざれば則ち城固からず。身有りて治まらざれば、奚ぞ人を待たん。人有りて治まらざれば、奚ぞ家を待たん。家有りて治まらざれば、奚ぞ鄉を待たん。鄉有りて治まらざれば、奚ぞ國を待たん。國有りて治まらざれば、奚ぞ天下を待たん。天下は國の本なり、國は鄉の本なり、鄉は家の本なり、家は人の本なり、人は身の本なり、身は治の本なり。
現代語訳
人の情は二つではない、だから民の心はつかんで御することができる。その人の好き嫌いをはっきり見れば長所短所がわかり、その人の交友を見れば賢いか否かがわかる。この二つを外さなければ、民の能力を見て官につけることができる。土地の守りは城にあり、城の守りは兵にあり、兵の守りは人にあり、人の守りは穀物にある。だから土地が開かれなければ城は固くならない。身がありながら治まらないのに、どうして人を当てにできよう。人がありながら治まらないのに、どうして家を当てにできよう。家がありながら治まらないのに、どうして郷を当てにできよう。郷がありながら治まらないのに、どうして国を当てにできよう。国がありながら治まらないのに、どうして天下を当てにできよう。天下は国のもと、国は郷のもと、郷は家のもと、家は人のもと、人は身のもと、身は治のもとである。
解説
この章句が説くこと
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『管子』權脩天下を為めんと欲する者は、必ず重んじて其の國を用う。其の國を為めんと欲する者は、必ず重んじて其の民を用う。其の民を為めんと欲する者は、必ず重んじて其の民力を盡くす。以て之を畜う無ければ、則ち往きて止む可からざるなり。以て之を牧う無ければ、則ち處りて使う可からざるなり。遠人至りて去らざれば、則ち以て之を畜う有るなり。民衆くして一にす可くば、則ち以て之を牧う有るなり。其の可を見るや、之を喜びて徵有り。其の不可を見るや、之を惡みて刑有り。賞罰其の見る所に信あらば、其の見ざる所と雖も、其れ敢えて之を為さんや。其の可を見るや、之を喜びて徵無く、其の不可を見るや、之を惡みて刑無く、賞罰其の見る所に信あらずして、其の見ざる所の之が為に化するを求むるは、得可からざるなり。厚く愛利すれば以て之に親しむに足り、智禮を明らかにすれば以て之を教うるに足る。上身ら服して以て之に先んじ、度量を審らかにして以て之を閑る。鄉に師を置きて以て之に說道し、然る後に之に申ぬるに憲令を以てし、之を勸むるに慶賞を以てし、之を振るに刑罰を以てす。故に百姓皆善を為すを說べば、則ち暴亂の行由りて至る無し。
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『管子』權脩地の財を生ずるに時有り、民の力を用うるに倦む有り、而して人君の欲は窮まり無し。時有ると倦む有るとを以て、窮まり無きの君を養い、而して度量其の間に生ぜざれば、則ち上下相疾むなり。是を以て臣其の君を弑する有り、子其の父を弑する者有り。故に民に取るに度有り、之を用うるに止まる有らば、國小なりと雖も必ず安し。民に取るに度無く、之を用うるに止まらざれば、國大なりと雖も必ず危うし。地の辟けざる者は、吾が地に非ざるなり。民の牧われざる者は、吾が民に非ざるなり。凡そ民を牧う者は、其の積む所の者を以て之を食ましむ、審らかにせざる可からざるなり。其の積むこと多き者は其の食むこと多く、其の積むこと寡なき者は其の食むこと寡なく、積むこと無き者は食まず。或いは積有りて食まざる者有らば、則ち民上を離れ、積多くして食むこと寡なき者有らば、則ち民力めず、積寡なくして食むこと多き者有らば、則ち民詐り多く、積無くして徒らに食む者有らば、則ち民偷幸す。故に上を離れ、力めず、詐り多く、偷幸すれば、事を舉ぐるも成らず、敵に應ずるも用ならず。故に曰く、能を察して官を授け、禄を班ち予を賜うは、民を使うの機なりと。
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『管子』版法解治の本は二つ。一に曰く人、二に曰く事。人は必ず用いんことを欲し、事は必ず工ならんことを欲す。人に逆順有り、事に稱量有り。人心逆なれば則ち人用いられず、事稱量を失えば則ち事工ならず。事工ならざれば則ち傷り、人用いられざれば則ち怨む。故に曰く、「人を取るに己を以てし、事を成すに質を以てす」と。事を成すに質を以てするとは、稱量を用うるなり。人を取るに己を以てするとは、恕を度りて行うなり。恕を度るとは、之を己に度るなり。己の安んぜざる所は、人に施す勿し。故に曰く、「財を用うるを審らかにし、施報を慎み、稱量を察せよ」と。故に財を用うるに嗇なる可からず、力を用うるに苦しむ可からず。財を用うるに嗇なれば則ち費え、力を用うるに苦しめば則ち勞す。奚を以て其の然るを知るや。力を用うるに苦しめば則ち事工ならず、事工ならずして數々之を復す、故に勞すと曰う。財を用うるに嗇なれば則ち人心に當たらず、人心に當たらざれば則ち怨起こる。財を用いて怨を生ず、故に費うと曰う。怨起こりて復た反らず、衆勞して息うを得ざれば、則ち必ず崩阤堵壞の心有り。故に曰く、「民足らざれば、令乃ち辱めらる。民苦殃すれば、令行われず。施報得ざれば、禍乃ち始めて昌なり。禍昌にして悟らざれば、民乃ち自ら圖る」と。
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『管子』八觀彼の民は穀に非ざれば食らわず、穀は地に非ざれば生ぜず、地は民に非ざれば動かず、民は力を作すに非ざれば以て財を致す無し。天下の生ずる所は、力を用うるに生ず。力を用うるの生ずる所は、身を勞するに生ず。是の故に主上財を用うること已む毋きは、是れ民力を用うること休む毋きなり。故に曰く、臺榭相望む者は、其の上下相怨むなり。民に餘積無き者は、其の禁必ずしも止まらず。衆に遺苞有る者は、其の戰必ずしも勝たず。道に損瘠有る者は、其の守り必ずしも固からず。故に令必ずしも行われず、禁必ずしも止まらず、戰必ずしも勝たず、守り必ずしも固からざれば、則ち危亡其の後に隨う。故に曰く、凶飢を課し、師役を計り、臺榭を觀、國費を量れば、實虛の國知る可きなりと。
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『管子』禁藏夫れ國を為むるの本は、天の時を得て經と為し、人の心を得て紀と為す。法令を維綱と為し、吏を網罟と為し、什伍以て行列と為し、賞誅を文武と為す。農具を繕うは器械に當たり、耕農は攻戰に當たり、銚耨を推し引くは以て劎㦸に當たり、蓑を被るは以て鎧鑐に當たり、葅笠は以て盾櫓に當たる。故に耕器具われば則ち戰器備わり、農事習えば則ち功戰巧みなり。春三月に當たりては、室を萩し造を熯し、燧を鑚りて火を易え、井を杼りて水を易う、兹毒を去る所以なり。春を舉げ、祭りて久禱を塞ぎ、魚を以て牲と為し、蘖を以て酒と為し、相召く、親戚を屬ぬる所以なり。畜生を殺す毋かれ、卵を拊つ毋かれ、木を伐る毋かれ、英を夭す毋かれ、竿を拊つ毋かれ、百長を息わしむる所なり。鰥寡に賜い、孤獨を振い、種無きに貸し、賦無きに與うるは、弱民を勸むる所以なり。
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『管子』幼官之を通ずるに道を以てし、之を畜うに惠を以てし、之に親しむに仁を以てし、之を養うに義を以てし、之に報ゆるに德を以てし、之を結ぶに信を以てし、之に接するに禮を以てし、之を和するに樂を以てし、之を期するに事を以てし、之を攻むるに官を以てし、之を發するに力を以てし、之を威するに誠を以てす。一たび舉げて上下終わりを得、再び舉げて民從わざる無く、三たび舉げて地辟け散じて成り、四たび舉げて農佚して粟十、五たび舉げて務め輕くして金九、六たび舉げて絜く事變を知り、七たび舉げて外内用を為し、八たび舉げて勝行われ威立ち、九たび舉げて帝事形を成す。九本搏大なるは、人主の守なり。八分職有るは、卿相の守なり。七官勝を飾り威を備うるは、將軍の守なり。六紀審密なるは、賢人の守なり。五紀解けざるは、庶人の守なり。動きて從わざる無く、静かにして同ぜざる無し。治亂の本は三、卑尊の交わりは四、富貧の終わりは五、盛衰の紀は六、安危の機は七、強弱の應は八、存亡の數は九。之を練るに羣を散じ傰署するを以てし、凡そ財を數え署し、殺僇して以て財を聚め、勸勉して以て衆を選び、二分をして本を具えしむ。善を發するには必ず密に審らかにし、威を執るには必ず中に明らかにす。此れ圖の方中に居る。