管子 / 權脩
野與市争民,家與府争貨,金與粟争貴,鄉與朝争治。故野不積草,農事先也;府不積貨,藏於民也;市不成肆,家用足也;朝不合衆,鄉分治也。故野不積草,府不積貨,市不成肆,朝不合衆,治之至也。
新字:野与市争民,家与府争貨,金与粟争貴,鄉与朝争治。故野不積草,農事先也;府不積貨,蔵於民也;市不成肆,家用足也;朝不合衆,鄉分治也。故野不積草,府不積貨,市不成肆,朝不合衆,治之至也。
書き下し
野は市と民を争い、家は府と貨を争い、金は粟と貴きを争い、鄉は朝と治を争う。故に野に草を積まざるは、農事先んずればなり。府に貨を積まざるは、民に藏むればなり。市に肆を成さざるは、家用足ればなり。朝に衆を合わせざるは、鄉分かれ治まればなり。故に野に草を積まず、府に貨を積まず、市に肆を成さず、朝に衆を合わせざるは、治の至れるなり。
現代語訳
野は市場と民を奪い合い、家は役所と財貨を奪い合い、金は穀物と価値を奪い合い、郷は朝廷と統治を奪い合う。だから野に草が積まれていないのは、農事が先に立っているからである。役所に財貨が積まれていないのは、民のところに蓄えられているからである。市場に店が並んでいないのは、各家の入り用が足りているからである。朝廷に人が集まっていないのは、郷ごとに分かれて治まっているからである。だから野に草がなく、役所に財貨がなく、市場に店が並ばず、朝廷に人が集まらない。これが治まりきった姿である。
解説
野と市場、家と役所、金と穀物、郷と朝廷。四つの対を挙げ、どちらかが太ればどちらかが痩せる関係だと言います。そこから、良い状態を「無いこと」で描くのがこの段の面白さです。役所に財貨が積まれていないのは、民の側に蓄えがあるから。朝廷に人が集まっていないのは、郷ごとに片づいているから。中央がにぎわっているほど良いのではない、という見方です。
この章句が説くこと
野は市と民を争い家は府と貨を争い金は粟と貴きを争う府に貨を積まざるは民に蔵むればなり朝に衆を合わせざるは鄉分かれ治まればなり市に肆を成さざるは家用足ればなり分権蓄え
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