韓非子 / 有度第六
古者世治之民,奉公法,廢私術,專意一行,具以待任。夫爲人主而身察百官,則日不足,力不給。
新字:古者世治之民,奉公法,廃私術,専意一行,具以待任。夫為人主而身察百官,則日不足,力不給。
書き下し
夫れ人主と為りて、而して身ら百官を察すれば、則ち日も足らず力も給せず。
現代語訳
そもそも君主たる者が、自らすべての役人の仕事ぶりを細かくチェックしようとすれば、時間も体力も到底足りない。
解説
君主が自らすべての役人の仕事ぶりを一つひとつ細かく確かめようとすれば、いくら時間があっても足りず、体力も持たない、という指摘です。人の上に立つ人が、部下や家族のすることを一から十まで自分の目で確かめないと気が済まないという姿勢を続けると、必ずどこかで無理が来ます。人が一日に使える時間や体力には限りがあり、すべてを把握することなど誰にもできないからです。これは会社の管理職だけでなく、子どもの宿題から友人関係まで何もかも把握しようとする親にも、地域の行事の細部まで一人で仕切ろうとする世話役にも当てはまります。大切なのは、自分が直接見なくても回る仕組みを作り、信頼して任せる部分を持つことです。何もかも自分で抱え込もうとする姿勢こそが、かえって物事を行き詰まらせる原因になるのです。
この章句が説くこと
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