韓非子 / 十過第十
雖然,知伯之爲人也,麤中而少親。我謀而覺,則其禍必至矣。爲之柰何?」張孟談曰:「謀出二君之口而入臣之耳,人莫之知也。」二君因與張孟談約三軍之反,與之期日。夜遣孟談入晉陽,以報二君之反。襄子迎孟談而再拜之,且恐且喜。二君以約遣張孟談,因朝知伯而出,遇智過於轅門之外。智過怪其色,因入見知伯曰:「二君貌將有變。」君曰:「何如?」「其行矜而意高,非他時之節也,君不如先之。」君曰:「吾與二主約謹矣,破趙而三分其地,寡人所以親之,必不侵欺。兵之著於晉陽三年,今旦暮將拔之而嚮其利,何乃將有他心?必不然。子釋勿憂,勿出於口。」明旦,二主又朝而出,復見智過於轅門。智過入見曰:「君以臣之言告二主乎?」君曰:「何以知之?」曰:「今日二主朝而出,見臣而其色動,而視屬臣。此必有變,君不如殺之。」君曰:「子置勿復言。」智過曰:「不可,必殺之。若不能殺,遂親之。」君曰:「親之柰何?」智過曰:「魏宣子之謀臣曰趙葭,韓康子之謀臣曰段規,此皆能移其君之計。君其與二君約,破趙國,因封二子者各萬家之縣一。如是,則二主之心可以無變矣。」知伯曰:「破趙而三分其地,又封二子者各萬家之縣一,則吾所得者少。不可。」
新字:雖然,知伯之為人也,麤中而少親。我謀而覚,則其禍必至矣。為之柰何?」張孟談曰:「謀出二君之口而入臣之耳,人莫之知也。」二君因与張孟談約三軍之反,与之期日。夜遣孟談入晋陽,以報二君之反。襄子迎孟談而再拝之,且恐且喜。二君以約遣張孟談,因朝知伯而出,遇智過於轅門之外。智過怪其色,因入見知伯曰:「二君貌将有変。」君曰:「何如?」「其行矜而意高,非他時之節也,君不如先之。」君曰:「吾与二主約謹矣,破趙而三分其地,寡人所以親之,必不侵欺。兵之著於晋陽三年,今旦暮将抜之而嚮其利,何乃将有他心?必不然。子釈勿憂,勿出於口。」明旦,二主又朝而出,復見智過於轅門。智過入見曰:「君以臣之言告二主乎?」君曰:「何以知之?」曰:「今日二主朝而出,見臣而其色動,而視属臣。此必有変,君不如殺之。」君曰:「子置勿復言。」智過曰:「不可,必殺之。若不能殺,遂親之。」君曰:「親之柰何?」智過曰:「魏宣子之謀臣曰趙葭,韓康子之謀臣曰段規,此皆能移其君之計。君其与二君約,破趙国,因封二子者各万家之県一。如是,則二主之心可以無変矣。」知伯曰:「破趙而三分其地,又封二子者各万家之県一,則吾所得者少。不可。」
書き下し
然りと雖も、知伯の人と為りや、麤中にして親しむこと少なし。我謀りて覚らるれば、則ち其の禍必ず至らん。之を為すこと奈何せん」と。張孟談曰く、「謀は二君の口より出でて臣の耳に入る、人之を知る莫きなり」と。二君因りて張孟談と三軍の反を約し、之と日を期す。夜孟談を遣はして晋陽に入れ、以て二君の反を報ず。襄子孟談を迎へて之を再拝し、且つ恐れ且つ喜ぶ。二君約を以て張孟談を遣はし、因りて知伯に朝して出で、智過に轅門の外に遇ふ。智過其の色を怪しみ、因りて入りて知伯に見えて曰く、「二君の貌将に変有らんとす」と。君曰く、「何如」と。「其の行ひ矜にして意高く、他時の節に非ざるなり、君先んずるに如かず」と。君曰く、「吾二主と約すること謹めり、趙を破りて其の地を三分せんとす、寡人の之を親しむ所以なり、必ず侵欺せず。兵の晋陽に著くこと三年、今旦暮に将に之を抜きて其の利を嚮けんとす、何ぞ乃ち将に他心有らんや。必ず然らず。子釈きて憂ふる勿かれ、口に出だす勿かれ」と。明旦、二主又朝して出で、復た智過に轅門に見ゆ。智過入り見えて曰く、「君臣の言を以て二主に告げしか」と。君曰く、「何を以て之を知る」と。曰く、「今日二主朝して出で、臣を見て其の色動き、而して臣を視属す。此れ必ず変有らん、君之を殺すに如かず」と。君曰く、「子置きて復た言ふ勿かれ」と。智過曰く、「不可なり、必ず之を殺せ。若し殺すこと能はずんば、遂に之を親しめ」と。君曰く、「之を親しむこと奈何」と。智過曰く、「魏の宣子の謀臣を趙葭と曰ひ、韓の康子の謀臣を段規と曰ふ、此れ皆能く其の君の計を移す。君其れ二君と約し、趙国を破らば、因りて二子の者を封ずること各々万家の県一とせよ。是くの如くんば、則ち二主の心以て変ずる無かるべし」と。知伯曰く、「趙を破りて其の地を三分し、又二子の者を封ずること各々万家の県一とせば、則ち吾が得る所の者少なし。不可なり」と。
現代語訳
とはいえ、知伯は粗暴で人に親しむことが少ない人物だ。われわれが謀って気づかれれば、その禍いは必ずやって来る。どうしたらよいか」。張孟談は言った。「謀はお二人の口から出て私の耳に入るだけです。誰にも知られません」。二人の君はそこで張孟談と三軍が寝返る約束をし、日取りを定めた。夜、張孟談を晋陽に帰らせて、二人の寝返りを報告させた。襄子は張孟談を迎えて再拝し、恐れと喜びが入り混じった。二人の君は約束に従って張孟談を送り出したあと、知伯のもとに参上して退出し、陣営の門の外で智過に出会った。智過はその顔色を怪しみ、中に入って知伯に「二人の君の様子に異変が起こりそうです」と言った。知伯が「どういうことか」と問うと、智過は「振る舞いが得意げで意気が高く、ふだんの態度ではありません。先手を打つにこしたことはありません」と言った。知伯は言った。「私は二人と固く約束している。趙を破ってその地を三分するのだ。私が二人と親しくしているのはそのためだから、決して私を侵したり欺いたりはしない。兵を晋陽に張りつけて三年、いまや朝夕のうちに落として利益を得ようというときに、どうして別の心を持とうか。そんなことは決してない。心配するな、口外してはならぬ」。翌朝、二人の君はまた参上して退出し、再び陣営の門で智過に会った。智過は中に入って言った。「君は私の言葉を二人の君に伝えたのですか」。知伯が「どうして分かったのか」と問うと、智過は言った。「今日、二人の君は参上して退出するとき、私を見て顔色が変わり、じっと私を見つめていました。これは必ず異変があります。殺してしまうにこしたことはありません」。知伯は「そのままにして、もう言うな」と言った。智過は言った。「なりません。必ず殺しなさい。もし殺せないのなら、いっそ親しみを厚くしなさい」。知伯が「親しみを厚くするとはどうするのか」と問うと、智過は言った。「魏の宣子の謀臣は趙葭、韓の康子の謀臣は段規といい、どちらも主君の計略を動かせる者です。二人の君と約束して、趙を破ったらこの二人にそれぞれ一万戸の県を一つずつ与えるとお決めなさい。そうすれば二人の君の心は変わらないでしょう」。知伯は言った。「趙を破ってその地を三分したうえ、さらにその二人にそれぞれ一万戸の県を与えれば、私の取り分が少なくなる。それはできない」。
解説
関連する章句
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『韓非子』十過第十韓の康子与ふる勿からんと欲す、段規諫めて曰く、「与へざるべからざるなり。夫れ知伯の人と為りや、利を好みて驁愎なり。彼来りて地を請ひて与へずんば、則ち兵を韓に移すこと必せり。君其れ之に与へよ。之に与へば、彼狃れて、又将に地を他国に請はんとす。他国且に聴かざる有らん、聴かざれば、則ち知伯必ず之に兵を加へん。是くの如くんば、韓以て患ひを免れて其の事の変を待つべし」と。康子曰く、「諾」と。因りて使者をして万家の県一を知伯に致さしむ。知伯説び、又人をして地を魏に請はしむ。宣子与ふる勿からんと欲す、趙葭諫めて曰く、「彼地を韓に請ひ、韓之に与ふ。今地を魏に請ひ、魏与へずんば、則ち是れ魏内に自ら強くして、外に知伯を怒らすなり。如し予へずんば、其の兵を魏に措くこと必せり。之に予ふるに如かず」と。宣子曰く、「諾」と。因りて人をして万家の県一を知伯に致さしむ。知伯又人をして趙に之きて蔡・皐狼の地を請はしむ、趙の襄子与へず。知伯因りて陰かに韓・魏と約し将に以て趙を伐たんとす。襄子張孟談を召して之に告げて曰く、「夫れ知伯の人と為りや、陽に親しみて陰に疏んず。三たび韓・魏に使ひして寡人与らず、其の兵を寡人に措くこと必せり。今吾安くに居りて可ならん」と。張孟談曰く、「夫れ董閼子は、簡主の才臣なり、其の晋陽を治むるや、尹鐸之に循ひ、其の余教猶ほ存す、君其れ晋陽に定居せんのみ」と。君曰く、「諾」と。乃ち延陵生を召し、車騎を将ゐて先づ晋陽に至らしめ、君因りて之に従ふ。君至りて、其の城郭及び五官の蔵を行る。城郭治まらず、倉に積粟無く、府に儲銭無く、庫に甲兵無く、邑に守具無し。襄子懼れ、乃ち張孟談を召して曰く、「寡人城郭及び五官の蔵を行るに、皆備具せず、吾将に何を以て敵に応ぜんとす」と。張孟談曰く、「臣聞く、聖人の治は、民に蔵して、府庫に蔵せず、其の教へを脩むるを務めて城郭を治めず。
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戦国策・知伯帥趙韓魏而伐范中行氏知伯、趙・韓・魏を帥いて范中行氏を伐ち、之を滅ぼす。休すること數年、人をして地を韓に請わしむ。韓康子與えんと欲せず、段䂓諫めて曰く、「不可なり。夫れ知伯の人と爲りや、利を好みて鷙復なり、來りて地を請いて與えずんば、必ず兵を韓に加えん。君其れ之に與えよ。之に與うれば彼狃れて、又將に地を他國に請わんとす、他國聽かずんば、必ず之に鄉うに兵を以てせん。然らば則ち韓は以て患難を免れて、事の變を待つ可し。」康子曰く、「善し。」使者をして萬家の邑一を知伯に致さしむ。知伯說び、又人をして地を魏に請わしむ。魏宣子與えんと欲せず。趙葭諫めて曰く、「彼地を韓に請い、韓之に與う。地を魏に請いて、魏與えずんば、則ち是れ魏內自ら強くして、外知伯を怒らすなり。然らば則ち其の兵を魏に錯くこと必せり。之に與うるに如かず。」宣子曰く、「諾。」因りて人をして萬家の邑一を知伯に致さしむ。知伯說び、又人をして趙に之かしめ、蔡・皋狼の地を請わしむ。趙襄子與えず。知伯因りて陰かに韓・魏を結び、將に以て趙を伐たんとす。趙襄子張孟談を召して之に告げて曰く、「夫れ知伯の人と爲り、陽には親しみて陰には疏んず、三たび韓・魏に使いして、寡人與からず、其の兵を移すこと寡人に必せん。今吾安くにか居りて可ならん。」張孟談曰く、「夫れ董閼安于は簡主の才臣なり、世々晉陽を治め、尹澤之に循う、其の餘の政教猶お存す、君其れ晉陽に居を定めよ。」君曰く、「諾。」乃ち延陵王をして車騎を將いて先に晉陽に之かしめ、君因りて之に從う。至りて、城郭を行り、府庫を案じ、倉廩を視、張孟談を召して曰く、「吾が城郭の完きこと、府庫の用に足ること、倉廩の實つること、矢無きは奈何せん。」張孟談曰く、「臣聞く、董子の晉陽を治むるや、公宮の垣、皆狄蒿苫楚を以て之を廧す、其の高さ丈餘に至る、君發して之を用いよ。」是に於て發して之を試むるに、其の堅きこと則ち箘簬の勁も過ぐる能わず。君曰く、「足れり、吾が銅少きこと若何せん。」張孟談曰く、「臣聞く、董子の晉陽を治むるや、公宮の室、皆鍊銅を以て柱質と爲す、請う發して之を用いば、則ち餘銅有らん。」君曰く、「善し。」號令以て定まり、備守以て具わる。三國の兵晉陽の城に乘り、遂に戰う。三月拔く能わず、因りて軍を舒べて之を圍み、晉水を決して之に灌ぐ。晉陽を圍むこと三年、城中巢居して處り、釜を懸けて炊ぎ、財食將に盡きんとし、士卒病み羸る。襄子張孟談に謂いて曰く、「糧食匱しく、城力盡き、士大夫病めり、吾守る能わず。城を以て下らんと欲す、何如。」張孟談曰く、「臣之を聞く、亡びて存する能わず、危うくして安んずる能わずんば、則ち知士を貴ぶ爲し無きなり。君此の計を釋てて、復言うこと勿かれ。臣請う韓・魏の君に見えん。」襄子曰く、「諾。」張孟談是に於て陰かに韓・魏の君に見えて曰く、「臣聞く、脣亡ぶれば則ち齒寒しと、今知伯二國の君を帥いて趙を伐つ、趙將に亡びんとす、亡ぶれば則ち二君之に次たらん。」二君曰く、「我其の然るを知る。夫れ知伯の人と爲り、麁中にして親しむこと少なし、我が謀未だ遂げずして知られなば、則ち其の禍必ず至らん、之を奈何せん。」張孟談曰く、「謀は二君の口より出でて、臣の耳に入る、人之を知る莫きなり。」二君即ち張孟談と陰かに三軍を約し、之と期して曰く、夜、遣りて晉陽に入らしめんと。張孟談以て襄子に報ず、襄子之に再拜す。張孟談因りて知伯に朝して出で、知過に轅門の外に遇う。知過入りて知伯に見えて曰く、「二主殆ど將に變有らんとす。」君曰く、「何如。」對えて曰く、「臣張孟談に轅門の外に遇う、其の志矜り、其の行高し。」知伯曰く、「然らず。吾二主と約すること謹めり、趙を破りて其の地を三分せば、寡人之を親しむ所なり、必ず欺かざらん。子之を釋てて、口より出だすこと勿かれ。」知過出でて二主に見え、入りて知伯に說きて曰く、「二主色動きて意變ず、必ず君に背かん、之を殺さしむるに如かず。」知伯曰く、「兵晉陽に箸くこと三年なり、旦暮に當に之を拔きて其の利を饗くべし、乃ち他心有らんや。不可なり、子愼みて復言うこと勿かれ。」知過曰く、「殺さずんば則ち遂に之に親しめ。」知伯曰く、「之に親しむこと奈何せん。」知過曰く、「魏宣子の謀臣を趙葭と曰い、康子の謀臣を段䂓と曰う、是れ皆能く其の君の計を移す。君其れ二君と約し、趙を破らば二子なる者を封ずるに各々萬家の縣一を以てせよ、是の如くんば則ち二主の心變ぜざる可くして、君其の欲する所を得ん。」知伯曰く、「趙を破りて其の地を三分し、又二子なる者を封ずるに各々萬家の縣一を以てせば、則ち吾が得る所少なし、不可なり。」知過君の用いざるを見るや、言いて聽かれず、出でて其の姓を更めて輔氏と爲し、遂に去りて見えず。張孟談之を聞き、入りて襄子に見えて曰く、「臣知過に轅門の外に遇う、其の視るに臣を疑うの心有り、入りて知伯に見え、出でて其の姓を更む。今暮撃たずんば、必ず之に後れん。」襄子曰く、「諾。」張孟談をして韓・魏の君に見えしめて曰く、「夜堤を守るの吏を殺すことを期し、水を決して知伯の軍に灌がん。」知伯の軍水を救いて亂れ、韓・魏翼にして之を撃ち、襄子將卒其の前を犯し、大いに知伯の軍を敗りて知伯を禽う。知伯身死し、國亡び地分たれ、天下の笑いと爲る、此れ貪欲厭くこと無ければなり。夫れ知過に聽かざる、亦亡ぶる所以なり。知氏盡く滅び、唯輔氏のみ存す。
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『韓非子』十過第十君其れ令を出だし、民をして自ら三年の食を遺し、余粟有る者は之を倉に入れしめ、三年の用を遺し、余銭有る者は之を府に入れしめ、奇人有るを遺す者は城郭の繕を治めしめよ」と。君夕に令を出だし、明日、倉粟を容れず、府銭を積む無く、庫甲兵を受けず。居ること五日にして城郭已に治まり、守備已に具はる。君張孟談を召して之に問ひて曰く、「吾が城郭已に治まり、守備已に具はり、銭粟已に足り、甲兵余り有り。吾箭無きを奈何せん」と。張孟談曰く、「臣聞く、董子の晋陽を治むるや、公宮の垣は皆荻蒿楛楚を以て之を墻にし、楛の高さ丈に至る有り。君発して之を用ゐよ」と。是に於て発して之を試みるに、其の堅きこと則ち菌簵の勁と雖も過ぐること能はず。君曰く、「吾が箭已に足れり、金無きを奈何せん」と。張孟談曰く、「臣聞く、董子の晋陽を治むるや、公宮令舎の堂は、皆錬銅を以て柱・質と為す。君発して之を用ゐよ」と。是に於て発して之を用ゐ、余金有り。号令已に定まり、守備已に具はる。三国の兵果たして至る。至れば則ち晋陽の城に乗り、遂に戦ふ。三月にして抜くこと能はず。因りて軍を舒べて之を囲み、晋陽の水を決して以て之に灌ぐ。晋陽を囲むこと三年。城中巣居して処り、釜を懸けて炊ぎ、財食将に尽きんとし、士大夫羸病す。襄子張孟談に謂ひて曰く、「糧食匱しく、財力尽き、士大夫羸病す、吾恐らくは守ること能はざらん。城を以て下らんと欲す、何れの国にか之れ下るべき」と。張孟談曰く、「臣之を聞く、亡びて存すること能はず、危ふくして安んずること能はずんば、則ち智を貴ぶを為す無し。君此の計を釈てよ。臣請ふ試みに潜行して出で、韓・魏の君に見えん」と。張孟談韓・魏の君に見えて曰く、「臣聞く、唇亡ぶれば歯寒しと。今知伯二君を率ゐて趙を伐つ、趙将に亡びんとす。趙亡ぶれば、則ち二君之が次と為らん」と。二君曰く、「我其の然るを知るなり。
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説苑・權謀智伯韓・魏の兵を從へて以て趙を攻め、晉陽の城を圍みて之を溉ぐ。城沒せざる者三板。絺疵智伯に謂ひて曰く、「韓・魏の君必ず反せん」と。智伯曰く、「何を以て之を知る」と。對へて曰く、「夫れ趙に勝ちて其の地を三分せんとするに、今城の未だ沒せざる者三板、臼灶蛙生じ、人馬相食む。城降ること日有らんとす。而るに韓・魏の君喜ぶ志無くして憂ふる色有り。是れ反するに非ずして何ぞや」と。明日、智伯韓・魏の君に謂ひて曰く、「疵、君の反する言へり」と。韓・魏の君曰く、「必ず趙に勝ちて其の地を三分せんとす。今城將に勝たんとす。夫れ二家愚なりと雖も、美利を棄てて約に偝きて成すべからざるの事を難くせんや。其の勢見るべきなり。是れ疵必ず趙の爲に君に說き、且つ君をして二主の心を疑はしめ、而して趙を攻むるを解かしめんとするなり。今君讒臣の言を聽きて二主の交を離す。君の爲に之を惜しむ」と。智伯出でて、絺疵を殺さんと欲す。絺疵逃ぐ。韓・魏の君果して反す。
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