韓非子 / 內儲說下六微第三十一
權勢不可以借人。上失其一,臣以爲百。故臣得借則力多,力多則内外爲用,内外爲用則人主壅。
新字:権勢不可以借人。上失其一,臣以為百。故臣得借則力多,力多則内外為用,内外為用則人主壅。
書き下し
權勢は以て人に借す可からず。上其の一を失えば、臣以て百と為す。
現代語訳
権勢は(君主が)臣下に貸し与えてはならない。君主がその(権勢の)一を失えば、臣下はそれ(を悪用・拡大)して百の権力としてしまう。
解説
人の上に立つ者が持つ力や権限は、たやすく人に又貸ししてはならないという教えです。上に立つ者がほんの一部の権限を手放しただけのつもりでも、それを受け取った側は、それを何倍にも膨らませて自分の力として使い、私腹を肥やしてしまう危険があります。会社で言えば、経営者が任せきりにして印鑑や決裁の権限を無防備に部下に渡してしまうと、いつの間にかその部下が実質的な決定権を握ってしまうことがあります。家庭でも、財布の管理や大事な決め事を、深く考えずに誰かに丸投げしてしまうと、いつの間にかその人の思い通りに物事が進むようになってしまうものです。力や権限を人に預けるときは、どこまで任せ、何を自分の手元に残すのかを、はっきりさせておく必要があります。
この章句が説くこと
権限移譲丸投げ権力ガバナンスコントロール
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