格言聯璧 / 攝生類・人心は一日も喜神無かるべからず
天地不可一日無和氣,人心不可一日無喜神。 拙字可以寡過,緩字可以免悔,退字可以遠禍,苟字可以養福,靜字可以益壽。 毋以妄心戕真心,勿以客氣傷元氣。
新字:天地不可一日無和気,人心不可一日無喜神。 拙字可以寡過,緩字可以免悔,退字可以遠禍,苟字可以養福,静字可以益寿。 毋以妄心戕真心,勿以客気傷元気。
書き下し
天地は一日も和氣無かるべからず、人心は一日も喜神無かるべからず。 拙の字は以て過ちを寡くすべし、緩の字は以て悔いを免るべし、退の字は以て禍ひを遠ざくべし、苟の字は以て福を養ふべし、靜の字は以て壽を益すべし。 妄心を以て真心を戕ふこと毋かれ、客氣を以て元氣を傷ること勿かれ。
現代語訳
天地には一日たりとも和やかな気がなくてはならず、人の心には一日たりとも喜びの心がなくてはなりません。 拙の字(不器用に構えること)は過ちを少なくし、緩の字(ゆっくり構えること)は後悔を免れさせ、退の字(一歩退くこと)は災いを遠ざけ、苟の字(かりそめで足りるとすること)は福を養い、静の字(静かにすること)は寿命を延ばします。 みだらな心で真心を損なってはなりません。見せかけの血気で根本の元気を傷つけてはなりません。
解説
最初の対句は、天地に和気が必要なように、人の心にも喜神、つまり明るく喜ぶ心が毎日必要だと説きます。菜根譚にもほぼ同じ句があります。次の句は、拙、緩、退、苟、静という、一見すると消極的な五つの字の効用を並べたものです。苟は、ここでは完全を求めず、ほどほどで足りるとすることです。器用さ、速さ、前進、完璧、活発さを良しとする世の価値観を裏返し、控えめな構えこそが身を守り福を育てると示しています。最後の対句は、妄心と真心、客気と元気を対にし、一時の感情や見栄の勢いで根本を損なうなと戒めます。何事も速く完璧にと自分を追い込みがちなとき、この五字を思い出すと肩の力が少し抜けるかもしれません。
この章句が説くこと
摂生喜神謙虚養生和気
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