格言聯璧 / 悖凶類・人事の便宜を討めて天道の虧を吃ふ
毋恃聚散之財而為利,毋認離合之形而為我。 貪了世味的滋益,必招性分的損。 討了人事的便宜,必吃天道的虧。 精工言語,於行事毫不相干,照管皮毛,與性靈有何關涉!
新字:毋恃聚散之財而為利,毋認離合之形而為我。 貪了世味的滋益,必招性分的損。 討了人事的便宜,必吃天道的虧。 精工言語,於行事毫不相干,照管皮毛,与性霊有何関渉!
書き下し
聚散の財を恃みて利と為すこと毋かれ、離合の形を認めて我と為すこと毋かれ。 世味の滋益を貪り了れば、必ず性分の損を招く。 人事の便宜を討め了れば、必ず天道の虧を吃ふ。 言語を精工にするも、行事に於いて毫も相干らず、皮毛を照管するも、性靈と何の關涉か有らん。
現代語訳
集まっては散る財産を頼みにして利益としてはなりません。合わさっては離れる肉体を自分そのものと思い込んではなりません。 世の中の味わいの恵みを貪れば、必ず本性の損失を招きます。 人の世で得をすれば、必ず天の道による損を被ります。 言葉を巧みに磨いても、行いには少しも関わりがありません。表面の皮や毛ばかりを手入れしても、魂にとって何の関わりがあるでしょうか。
解説
最初の句は前の単位の「去來の勢」「得喪の位」の句に続き、財産も肉体も集散離合するかりそめのものだから、それを利や我と取り違えるなと説きます。仏教や道家の無常観にも通じる考えです。次の対句は白話交じりの句で、世の味わいを貪れば本性が損なわれ、人の世で得をすれば天道で損をすると、得と損が表裏になっていることを示します。吃虧は損をするという意味の口語です。最後の句は、言葉を磨いても行いは変わらず、外見を整えても内面は育たないと言い、表面ばかり飾る風潮を皮毛にたとえて戒めています。資料や話し方を整えることに追われて、肝心の中身がおろそかになっていないか、振り返らせてくれる句です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
無常得失天道修身言行
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