格言聯璧 / 從政類・成心有るべからず成算無かるべからず
佐人之喜怒 聽斷之官,成心必不可有。 任事之官,成算必不可無。 無關緊要之票,概不標判,則吏胥無權。 不相交涉之人,概不往來,則關防自密。
新字:佐人之喜怒 聴断之官,成心必不可有。 任事之官,成算必不可無。 無関緊要之票,概不標判,則吏胥無権。 不相交渉之人,概不往来,則関防自密。
書き下し
人の喜怒を佐く(べからず)。 聽斷の官は、成心必ず有るべからず。 事に任ずるの官は、成算必ず無かるべからず。 緊要に關る無きの票は、概ね標判せざれば、則ち吏胥權無し。 相交涉せざるの人は、概ね往來せざれば、則ち關防自ら密なり。
現代語訳
(前の単位から続いて)他人の喜怒を満たすために使ってはいけません。 訴えを聞いて裁く役人は、先入観を決して持ってはいけません。 事業を任された役人は、成算を決して欠いてはいけません。 大事でない書類には一切決裁の書き込みをしなければ、下役人が権力を振るうことはありません。 かかわりのない人とは一切行き来しなければ、自然と身辺の守りは固くなります。
解説
一行目は前の単位の結びで、下級の役人も自分の名節を上の人の感情のために使ってはならないという句が、ここで完結します。続く対句は、成心と成算という一字違いの言葉で、裁く官と事を任された官の心得を分けています。裁くときには先入観を捨て、事を行うときには見通しを持て、というのです。後の二行は実務の心得で、不要な書類に手を出せば下役がそれを口実に権力を振るい、不要な交際をすれば頼み事の入り口が増えると戒めています。判断の場では白紙で聞き、実行の場では計画を立てるという使い分けは、今の管理職にもそのまま当てはまります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
治政公正先入観実務節度
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